心理と特徴

深く考えるのが嫌いな人と好きな人の違いでわかる【考える力の発揮方法】

あぁ、もう考えんのめんどくさい、やっちゃえばいいんだ。

ふむふむ、カナブンは人間に特攻してくる時に鼻をほじっているのか。一体何のためなんだろうか、おそらくムニャムニャムニャ。

物事を深く考えるのが嫌いな人がいれば、好きな人もいます。

私は虫が好きですが、嫌いな人もいます。それと似たことなのだろうか?

深く考えるのが嫌いな人と好きな人の違いを紐解くと、考える力の使用有無に表れる人間心理がわかったりします。

ここでは、両者の特徴の違いによってわかる、考えるとは何かの真意を見ていかれてください。

  • 深く考えるのが嫌いな人の特徴とは?
  • 深く考えるのが好きな人の特徴とは?
  • 考える力の発揮方法とは?

これらを紐解き、「考えるとは人間だからこその遊びなんだ」と知っていただく内容となっております。

私達日本人には、一人一人がなるべく考えないようにする教育観念があるかもしれませんので、今一度ご自身の考える力を発揮するための考え方となれば幸いです。

深く考えるのが嫌いな人

深く考えるのが嫌いな人の心理的特徴11選

初めに、苦手意識があって嫌いになった人の特徴からご覧に入れます。

1,従順過多+自意識の強さ

他の意見や情報やルールに従い過ぎた特徴です。

従順性は大切なものですが、行き過ぎることで自らが自らを捉える認識が阻害され、考えれば考えるほど他の情報が主体になって自分がなくなります。

自分という存在を護り、見出し、他と区分けする自意識が強い人ほど、自分がなくなることへの抵抗を感じ、それ以上考えないようにストップ。

 

2,自己抑圧+自己愛のジレンマ

従順過多の過去によって自らの存在や価値や意義を抑圧されますが、自己愛が強いことで他の影響と自らの律しの狭間ができます。

「他に偏るか、自分に偏るか? 自分でしょ!」と決定した瞬間が過去にあり、他に偏らないために自己愛が考えることを歯止めします。

 

3,考える意味が変異

考える行為そのものの意味が、「思考ではなく情報を扱う」「クリエイトではなく作業」である特徴です。

考える使い方の逸脱によって、考えるからこそ疲れてストレスを溜め、悩みをより広げるような不利益が多くなり、遠ざけて関わらないことを優先します。

 

4,自己評価を高く見積もる

自信がなく、自己評価が低く、自己能力や才能を知らない、または肯定しない特徴です。

自己評価が低いと内心思いながら、強引に自己評価を高く見積もる矛盾があり、内側と外側の自己ギャップが激しくなり、自己理解ができにくくなります。

 

5,思い立ったら突っ走る

自己矛盾による心地悪さや不利益の自覚をなくすために、思い込みや決め付けを増やして自己世界の殻にこもる特徴です。

空想や妄想にて自己世界を構築し、自然と自律が強まりますが自制がなくなり、思い立ったら突っ走り、後先を考える俯瞰性と先見性がなくなります。

50,000円の商品を24回払いで購入したりします。

 

6,行動力と突破力がある

脳内に思いがはせると、速攻決めて情報が脳内に残らないようにします。

考えずとも[決めたこと=答え]になり、ドンッと進み、ドンッと止まり、ドンッと終わる。

途中で振り返ったり道行を変えたりがなく、行動は何もかもが極端で、止まったら終わるブーストカー。

組織の走り出しには欠かせない人です。

 

7,人の話を聞けない

傾聴力がないさまは、認識力がない特徴でもあります。

物事は自分にとっての捉え方一辺倒であり、情報収集の量や質や幅がないため、洞察・考察・分析ができなくなります。

 

8、対話ができない

自分の話ばかりの特徴です。

他者との関わりは常に一方通行になり、対話や相互交流がなく、コミュニケーションではなく一方的な伝達、または独壇場スタイルになります。

自分にしかわからない自己世界のことを、他もわかっている前提で当たり前のように話したりします。

 

9、反省しない

過去を振り返らず、失敗を糧にしない特徴です。

間違いや失態を指摘されることを嫌がり、「はいはい」と流して考えないために向上や改善ができなくなり、その場凌ぎの誤魔化しが多くなります。

「嫌なことは嫌だ」と感情や欲求を主体に、克服や変化をせずに済まし続けてきたため、経験値が一つの事柄に偏りがちです。

 

10,孤独がNG

嫌なことを克服するなど恐怖心との向き合いがない特徴です。

孤独に対する抗体がなく、寂しくて辛くなり、人の温もりを求めます。

 

11,不安

常にどこかに不安がある特徴です。

考える力を使わないさまは、自己保持や対処、問題解決や成長、創作による楽しみの見出しや作りができず、嫌なことは誤魔化すか逃避します。

常に問題や不利益が覆う感覚が蔓延り、考えて解決へ向かわないと被害者意識が強くもなります。

以上、深く考えるのが嫌いな人の特徴でした。

※考えない人の特徴は、何も考えない人の全く異なるタイプと特徴│一変する考えない末路 をどうぞ。

 

深く考えるのが好きな人

深く考えるのが好きな人の心理的特徴9選

お次は好きな人です。

1,独り言が多い

口から洩れちゃうほどの特徴です。

洩れ出てしまうのは自己内部で、[自分:自分]の二人がディベートしているためです。

 

2,人の話を聞くのが上手

他者が何を言いたいかの把握に長け、相手の思考を先読みする人もいます。

相手の意思や気持ちを汲み取る言語能力・メタ認知・メンタルのリーディングが得意です。

 

3,間違いを認める

プライドが思考の大邪魔であることを知っている特徴です。

間違いがあれば、納得できる別の答えがあれば、変化の可能性が見えれば、改善点があれば、自らの考えを見直して変えることに躊躇がありません。

 

4,自己評価が高い

自分のことをよく認めており、自らの才能や能力を認知し、理解の深い得意分野が何かしらある特徴です。

自信があるもないもなく、あるのが当たり前の状態、またはそれに近い人です。

 

5,疑える

疑うではなく疑える点が特徴的。

相手の意見をしっかり把握するスタンスや理解力があるからこそ疑えるので、思い込みでわかった気にならず、しっかり自分の頭で他を認識してから物を言います。

他だけでなく自分自身も疑えるため、自己理解が深く自らを客観視できる特徴でもあります。

 

6,遊びや解決のために考える

考えることが遊びである特徴です。

芸術家や小説家や思想家などクリエイティブな人ほど、考える力の基盤である感性を養った上で知性を育み、考えることを楽しみます。

遊びだけでなく解決するために頭を使う人もおり、内向的なクリエイティビィティを発揮し、カウンセリングやコーチングが上手です。

 

7,認識力と自制心がある

認識力によって客観視・洞察・考察・分析が得意です。

自制心によって忍耐経験があり、自惚れを自覚でき、嫌なことを対処改善してきた経験測の高さを物語ります。

どちらも持っていることで他からの影響に従うさまがなくなり、外部情報は自ら見極めて選別するフィルター能力、自責、自立心の高さに繋がります。

他に従うのではなく、必要に応じて合わせたり調整したりと在り方を作ります。

 

8,物事に正解も間違いもないと知っている

社会的ルールである正否、良悪、高低、上下区分けは、あくまで軸のない物差しや指標であり、空虚な概念であると理解している特徴です。

正否がない前提では正解や間違いを出すためでなく、良い悪いの両面を捉えた上でどう活かせるかの、俯瞰的な思想になる特徴です。

 

9,孤独を好む

「一人」ではなく、「独り」を好む特徴です。

孤独にある寂しい、嫌だ、辛いなどの恐怖心と向き合える意味であり、恐怖心をも喜び楽しむさまには、理解欲や認識を広げたい新世界の開拓意欲があります。

孤独を愛する人もおり、生死を含めた人生そのものを深く認め、人間の基盤である真理を探究する長い旅へ向かうなど、先行きや利益を考慮した不安がなく、勇気と覚悟を持って生きる人となります。

以上、深く考えるのが好きな人の特徴でした。

※日本人の考えない特性は、【日本人は考える力がない?!】自分の頭で考えない環境に宝の持ち腐れ懸念 をどうぞ。

 

深く考えるのが好きな人のタイプ

考えるのが好きな人には大きく二つのタイプがあると考えられます。

考えるのが好きな人のタイプ
  1. 自分の頭で考える
    …考える行為そのものが好き、楽しい人
  2. エゴによる脳機能を楽しむ
    …考えることで優越感を味わうのが好きな人

タイプは天と地の違いがあります。

①は考える行為が好きであり、考えることを楽しみます。

自分の頭で考えることを好み、クリエイティブに遊びや解決のために頭を使います

一方、②は考える行為そのものではなく、記憶情報によって比較や差別化を図ることで正当化を見出し、優越する点を探して喜ぶエゴの浸かりを求めます。

他の情報やルールを主体にした記憶情報の網羅や出し入れを好むため、自分の頭で考えるのではなく過去にインプットした他の情報を巡る空転遊び、承認欲求や心が満たされない我欲の解消を喜び、頭の使い方が記憶と作業になります。

ここでお伝えしているのは、①考える行為そのものが好き、楽しい人を対象にしております。

 

タイプを区分けする明確な特徴

タイプのどちらに該当するかわかりにくいものですが、両者を明確に区分けする特徴があります。

「孤独を好むか否か」
「間違いを認めるか否か」

  • 孤独を好む、間違いを認められる場合、タイプ①自分の頭で考える人
  • 孤独を好まない、間違いを認められない場合、タイプ②エゴによる脳機能を楽しむ人

二つによる線引きは、恐怖心との向き合いができているか否かを意味します

孤独とは寂しくて辛くて心寒々ですので、「嫌だ、苦痛、危険、拒否したい」などの恐怖心と向き合えないさまがあります。

間違いを認めることには、プライドや思い込み、他との比較による空虚な自己評価(他を介入させることでの過剰な自信や他責)が黙っていませんので、恐怖心を誤魔化す癖が出ます。

考えるとは自分の内部に入る孤独行為であるため、深く考えるのが好きな人は恐怖心との向き合いができており、考えるために恐怖心をも活用します。

これをわざわざ好み、楽しいと思うので、明らかに大衆的な人ではありません。

※思考が変わっている人の考え方は、【思考が変わっている人は本当に変人】極端にシンプルで重要な考え方 をどうぞ。

 

考える力の発揮方法

考えるのが好きな人と嫌いな人の違い

両者の違いによって、「考えるとは何か?」を知る手がかりがわかります。

はっきり違う点がこちらです。

「孤独との向き合い」
※恐怖心の受け入れ(または拒否しない)

考える行為とは、今この瞬間を活用して脳内に入る行為。わざわざ誰もいない孤独の自己世界に入ります

考えるのが好きな人は常に頭の中に意識を置き、内部に蓄積する情報を転がしながら今というリアルを認識しています。

ルービックキューブをいつも頭の中でカチャカチャしているイメージです。

内向性であればあるほど内部へこもりやすいですが、考えるのが好きな人は外部との接触(他からの影響)も含めて考える材料にするため、外向性も重要視します。

すると二人の自分が存在し、真に自分のみにこもった認識と、他の情報やルールを基に外からやってきた認識が二つになります。

名前を付けるとこんな具合です。

考える時の二人の自分
  1. 自らが自らを捉える認識(自意識)
  2. 他によって自らを捉える認識(エゴ意識)

※エゴとは、他(人やルールや物事)によって自らを見出して捉える意識

自意識とエゴ意識の自分がいることで、自己内部での話し合いが起きます。

エゴ意識が過剰化して自意識との対話が起きなくなるのが、考えるのが好きな人のタイプ②エゴによる脳機能を楽しむ人で、[エゴ意識+自分の外側の“他”]という構図になります。

ここでお伝えしている考えるのが好きなタイプ①の構図は、[自意識+エゴ意識(内部から捉える外部)]であり、タイプ②のように純粋な“他”がなく、自分なりに吸収した他(自分の内部の他)となります。

少しわかりにくいかもしれませんが、お伝えしたいのはシンプルです。

考えるのが好きな人は、[自分(自によって構成する自意識)+自分(他によって構成されるエゴ意識)]の対話を自己内部でします。

はっきりと自己内部では孤独になりますが、もう一人の自分は過去の教育や躾、社会的なルール従順など、他の影響によって構成されている自分であるため、あることが起きます。

まるで別人同士が話しているように片や話して提起し、片や聞いて疑い、自分の中で一つの考えを作り合います

一方、考えるのが嫌いな人はこの対話が一切ありません。

 

考えるのが嫌いな理由はオンリーワン欲求

オンリーワンの自分を欲する理由は人それぞれになり、自己愛が強すぎる自己中心性やナルシシズムを始め、複数の自分がいることでの自己不一致、違和感があり、過去の他者からの影響によって構成された意識への反発や抵抗も考えらえれます。

「支配欲や独占欲によって自分はこの一人だけなんだ!」と思う人もいれば、

「自分のことは自分で責任を持って捉えて生きたいのに、もう一人いると邪魔なんだ!」と思う人もおり、オンリーワン欲求の真意は人によって心理が変わります。

しかし、共通して自己と向き合う欲求と意識の強さがあり、他の影響を嫌がり、自分がいなくなることを怖れます

ここで大きな矛盾が起きている可能性があります。

考えるのが嫌いな人は、他を含めないで自己内部にこもり、自ら孤独を味わう選択をします。

考えるのが好きな人と同様に自分の世界にこもる状態ですが、他からの影響を嫌がることで対話のない完全に独りだけの状態が作られ、あえて嫌なことを味わう無自覚の行為となります。

この状態をはっきり自覚する方法が考えることであるために、考えるのを嫌に思えてしまいます。

人を嫌いになる訳ではなく、自分を愛しているからこその空回りとして、結果的に自らの思考を停止させ、思い込みや決め付けなど空想や妄想を主体にして現実から遠ざかります。

現実との向き合いがなくなると、生きたい感情と欲求に従い、死にたくない感情と欲求に従い、考える価値が薄弱化し、考えることでの不利益が増えます

  • ストレスや思い通りにならない憤り
  • 自分を穢す他の影響の自覚
  • 自分がいなくなる危惧の増大
  • 嫌なことを見つめなければならない現実認知
  • 誤魔化しや逃避をも自覚しなければならない
  • 肉体稼働以上に疲れる

現実を見たくなければ見たくないほどに考えるのが嫌いになります。

[孤独に向き合えないさま+オンリーワン欲求=考えるのを嫌う理由が増える]という考え方です。

 

考える力の発揮方法:考えるとは何かを知る

嫌なことがなければいいものですが、現実とは嫌なことも含めて、陰と陽が両方あり、恐怖と愛が両方あることで存在し、この世は今日もグルグル回っています。

考えるのが嫌いな人は、他を排他・攻撃して影響をなくす方向へ向かわず、自らを犠牲にしているかもしれません。

考えるとはこのような無知や不具合や無自覚の不利益をもなくし、利益を作るツールですので、使わない手はありません。

そこで、これまでの両者の違いが、考えるとは何かを知る手助けになります

「考えるとは孤独と向き合うことで始まる生死の遊び」

暗闇で光を見つけ、それを作ってさらに大きな光にする行為。

極端に言うと、生と向き合い、死と向き合う人ほど考えることを楽しみ好み、さらに愛します。

生死との向き合いは、現実に真正面から向き合うスタンスです。

現実と向き合うと、嫌なことがあれば如何に良いことに変えるかの遊びや解決へ進みます。

考える力を発揮する方法はとてもシンプルです

考える力を停止している抑圧や縛りの解放であり、現実と向き合い難くしている恐怖心の克服です。

シンプルですが簡単ではないと思います。

発揮するためのスタートを切るためにも、考えるとは楽しくて利益をいくらでも自分で作れる活用ツールだと知ることが大切です。

初めの一歩を乗り越えると、その先は体力をつける段階があり、汗をかきながら思考体力をつけ、現実認知を広げる日々を過ごし、嫌なことがあってもへっちゃらになる自己解決や創造アイテムへと変化します。

考えることへの抵抗や不利益認知を手放し、嫌いな方は少しずつ考える大切さを体感し、好きな方はより考える力を育まれてください。

※深く考えられない改善は、【自分で考えられない人の改善策】思考を深くするための考えない理論 をご覧ください。

 

深く考えるのが嫌いな人と好きな人の違い まとめ

私達のいる日本は良くも悪くも中身が空っぽ。

考えるとは何かを考える機会がなく、教育できる人が少ないので、教わることも滅多にないかもしれません。

物事の本質を知る機会が非常に少ないので、掴み取るチャンスを逃しては思考停止で末端まで行きかねません。

私なんかは自分を本気で馬鹿だと思って生き、考えるとは何かを考えることすら程遠かったです。

しかし、私達は日々無意識なだけで考えまくっています。

考えるのが好きでも嫌いでも考え続けている現実があり、教育されなかったからこそ考えることへの固定観念が少なく、これからピュアな考えを見出していけます。

掘れば掘るほど考えるのは楽しいものです。

自分の頭で考える場合、正解も間違いもありません。あるのは他の情報やルールによって作られた既存の正否概念や定義の“活用”です。

あくまで活用であるサブには記憶と作業の頭の使い方が欠かせません。しかし、メインは自らがどんな考えを作り、創造と解決を図り、価値になるかどうかです。

誰かのためになるかどうかだけでなく、自分が楽しめれば既に立派な価値です。

昨日見た、空飛ぶ電車に乗ってさまざまな人と関わり笑う夢の意味はなんだったのか?

次の星へ向かう準備ができたから、旅立ちは笑顔なの。

自分がどう考えるかがメイン。価値を高めるためにも、サブも活用しながら対話を極めて、より楽しみを作れます。

生きてもいい、死んでもいい。その先に考えることを愛する姿があり、知識をも愛した時に、私達は誰しも哲学家になるのだと思います。

卵焼きを食べた時、大判小判が収まる蔵が頭の中に現れます。

一体何でなのか?どういう意味があるのか?

深く考える行為に潜む、人間だからこその遊びを広げる考え方となれば幸いです。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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