生き方

他人より自分の利益を優先することに常識がある|全ては自分のため

私達の住む日本には、独特で根強い文化としての考え方がたくさんあります。
その中にあるのが、“礼儀と建前”です。

礼儀と建前が幼いころから恒常化し、意味を逸脱して“偽善と体裁”に成り代わっていく環境があることで、全ては自分のためである事実を隠して、不本意ながら自分を大切にせずに他人優先してしまうかもしれません。

他人優先することも自分にとっての利益ですが、はたしてその“利益”が喜ばしいものかは不確かです。

ここでは、他人優先の本当の意味と、自分を優先する人の特徴と方法から、“他人より自分の利益を優先する”ことが常識である真相をご覧ください。

全ては例外なく自分のためであることがわかり、さらに、実は他人優先もそんなに悪いものではないことがわかります。

もし、本意ではないにも拘わらず自分よりも他人優先してしまう場合、心安らかに本意として自分を大切にすることで、全ては自分のためだと認識して気楽になり、幸せに繋がります。

“他人より自分の利益を優先する”ことの真相を見ていきましょう。

自分より他人の利益を優先する

初めに、自分優先と他人優先の意味をお伝えして、その後に、他人優先の意味を紐解いていきます。

自分優先か他人優先か

私達は“自分”という括りを作る自我意識を基に生きています。

そのため、“自分”と、“自分以外”という見方をして差別をします。

当然です。自分が主観で生きている以上は、自分が主人公です。

しかし、そこで“優先順位”を付けることで、片や喜び、片や苦しむという状態をあえて作ります。

不思議なものですが、あえて喜びを増やし、苦しみも増やす生き方をします。それは宝くじを買って待っているようなもので、遊びを含めた人生の脈動や刺激を作り、自分の人生を面白くするための行為です。

自然な認識のように“自分”か“他人”かに分け、そこに利益を求める概念を含めることで、“自分優先”か“他人優先”に分かれます。

すると、自分か他人のどちらを自分の人生の主観にするかが変わり、物事を見て、感じて、考えての認識が変わります。

その認識は、「自分だ」「私だ」「我が我が」という自我が強ければ強いほどに過激になり、その内に吠え出します。

「私のことしか考えていないのよ、それが悪いのかい!何なんだい!」と。

「私は自分を犠牲にしてまで人に尽くしているのにどうして報われないの?…どうして私だけこんなに苦しいの?」と。

どちらも見栄えは過激派か憐憫派(哀れみ)と分かれますが、自分優先と他人優先は共に自分のためです。吠え方が激しいか郷愁的かの違いは、同情の誘い方に違いを作りますが、どっちも同じように自分のことしか考えていません。

自分優先も他人優先も自我意識が基盤にあることで成り立ち、「私」という自分を認識する意識があることで生まれる概念です。

何を優先しようが基盤には自分がいるので、「自分を持って自分を優先する」「自分を持って他人を優先する」という状態です。

 

自分優先をする意味

自分の利益を他人以上に優先することは、自分を大切にする行為です。

しかし、自分の利益のために他人を利用して血を吸い取って蹴落とすのか、自分のみを対象にして利益を作ったり、他人と共有して共に利益を作るのかの違いがあります。

自分を優先することは、言い方を変えると“自分の喜びを尊重する”ことです。

喜びを求めて生きている無意識の行動があり、生きていたい望みがあるために、毎日空気を吸ってご飯を食べて睡眠をとります。

自分優先とは : 自分の喜びを尊重すること

自分の喜びを他人より優先する在り方となり、自分を優先する際には“喜び”という利益を求めていることがわかります。

そのため、自分を優先することは、自分の利益を求めることで、自分の喜びを求めることです。

さらに、優先するので、“他人の喜び以上に自分の喜びを求める”ことです。

「当たり前だね」という感じかもしれません。

 

他人優先とは

主観を変えて、“他人の喜びを自分以上に優先する”ことで他人優先になります。

自分が基盤にあるので、自分の意志を持たずに他人を優先することはできません。

そのため、明確に自分の意志によって行動と思考をして、自分以上に他人の喜びを求めようとします。

「How?」という感じですが、神様のような天使のような人だからです。

お腹が空くからご飯を食べるように、自分の意志を持って行動と思考をする際には自分の利益が必ずあります。なぜならば自分が基盤にあって、物事を認識して、思考や行動動機を作るために、常に自分が主観にあるからです。

そのため、他人優先とは自分の主観を他人にすることではなく、自分を主人公にしたまま、他人の喜びが自分の喜びという認識を持って、他人の利益を求めて与えようとします。

それは、愛の敬いです。

しかし、強制的に他人優先させられたり、洗脳にて思い込んで他人に尽くしたりする場合、他人優先をするのではなく、させられる状態となり、他人優先の意味が変わります。

もし、他人優先をして自分に喜びがない場合、それは自分の意志がありません。

意志がなければ、お腹いっぱいなのにクリームパンを無表情で口に詰め込む状態ですので、「何見てんだよ!」と吠えたり、「これが私の人生なの」と泣き出します。

自分の意志がないと、かなり意味の分からない状態を作り、謎の行動と思考になります。

 

自分より他人を優先する人の特徴5選

他人の喜びが自分の喜びであれば、自分の意志を持って他人優先をしますが、そこに自分の喜びがない人には共通の特徴があります。

他人を優先することの意味がわかりやすくなるので、順番にご覧ください。

1、自分を大切にしたくない

自分より他人を優先する人は無意識に、「自分を大切にしない」と決意をしています。

それは、自分が好きではないためです。

「自分を愛さず、自分優先にしない」という考えによって行動の動機が作ります。

それは、自分に優先的に利益を与えないための思考です。

 

2、他人優先にしなければならないルールがあると思っている

自分を優先して、自分の好きなようにして、自分が幸せになることを他の何よりも尊重したいのはやまやまなのですが、日本にいると常識やルールと、それによって作られた思い込みや決め付きによって、自分を大切にすることを止めることがあります。

礼儀や建前を、偽善や体裁と勘違いして、幼い頃から脳内にプログラミングされます。
それはいつしか、無意識の行動に影響し、自然に体裁として人を思う気配りや気遣いの演技となり、偽善として礼儀正しくルールに則り、従順に生きていきます。

そこにあるのは、[ルール]、[従う]という言葉のみです。

思い込みと決め付けによって脳内プログラミングが完了した状態で、他人優先することが当たり前だと思い、自分を優先することに違和感を持つように設定しています。

 

3、幼少期からの生活環境にて押し付けや強制が多い

思い込みを作るのは過去の環境です。

その最たるものは周囲の人でして、親や兄弟姉妹です。

自分より他人を優先する人は、否定をされてきた記憶が強くあります。それは、押し付けや強制、決め付けに抑制です。

自分としてありのままに生きることを抑えつけるそれらの行為は全て“存在否定”になり、自分を守るために、押し付けや決め付けに従います。

すると、自分の意見や意志なくルール設定が完了するので、答えなく他人優先を、「常識だから、ルールだから」と行動します。

 

4、恐怖を抱えている

自分を優先しない決意をすることで、他人優先しか道が残っていない状況を作ります。

そのため、本意でなく、意志もなく、言われたまま、インプットされたプログラミングのまま、他人優先をします。

そこには、否定されることを恐れる恐怖が中心にあり、常にそれを気にかける在り方が作られ、自分にとっての利益が、「恐怖を味わわないこと」「否定されないこと」となります。

「優しくあるべきだ」「自分を優先することに抵抗感やうしろめたさがある」「他人より自分優先することは良いことではない」「自分のことばかり考えるのは自分勝手でわがままだ」「自己愛は他人から文句を言われる」「みんなに嫌われたくない」

社会的な文化となった常識やルールの思い込みを基に自分ルールを作り、自分が傷つかず恐怖心と直面しないことの利益を優先します。

※常識やルールの考え方や、思い込みをする仕組みは、価値観の押し付けでこの世は周る。ルールで縛る思い込みを解放する をご覧ください。

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5、自分がない

不本意ながら他人優先をする人の最も大きな特徴です。

自分がないことは自分の意志がないことです。意志がないので、頭と肉体と心で認識する自分の意見がありません。

中身がない状態となることで、それを自分で自覚します。すると、嘘をつくようになります。

さらに嘘をついていないように嘘をつき、嘘のサイクルが生まれて止まらなくなります。

そんな自分が嫌になり、自分を愛さず敬わず、大切にしたくない思考を作ります。

※他人優先する人は他人を心配する人のことですので、他人の心配ばかりする人の心理と演技│心配なんてできない真実 もご覧ください。

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他人優先をする利益

他人優先が本意でも偽善でも、どちらでも自分の利益であり、自分のためであることには変わりありません。

不本意だとしても、他人優先を他人のためにしているわけではないので、あくまで自分のための行為として、自分を大切にしない行動や、恐怖と直面する怖さを感じないことに利益があり、自分を納得させて不安感を感じない喜びがあります。

他人優先をする利益 :
自分を納得させ、恐怖心を感じない利益を得る
※偽善や体裁を守らないことや、否定をされる恐怖を味わうことに不利益があり、不利益を作らないことが利益となる喜びと納得

“利益”である“喜び”には人それぞれの価値観があります。

そこには、認識や在り方の人間性があり、ポジティブが喜びであれば、ネガティブでないことが喜びでもあり、人それぞれに利益の概念はさまざまです。

 

自分より他人を優先する人はネガティブでないことが利益

自分より他人を優先する人は、自分のために他人優先しているので、その行為に利益を求めます。

利益は共通して、ネガティブでないこと=恐怖がないことです。

それは、脳が納得することであり、否定されないことであり、自分を保てることであり、変化しないことです。

ネガティブである前提認識があり、スタートがゼロではなくネガティブよりのために、ネガティブを味わわないことが既に利益となります。

そのため、他人優先することには自分にとっての喜びがあるので、何も悪いことでもありません。

何も変える必要や改善など必要ないと思いますが、もし、自分より他人優先する人が自分優先した時、何が起きると思いますか?

メチャクチャ喜びに溢れます。なんというかマジックのような大きな幸せがあり、完全なる解放を味わいます。

そのためには、全ては自分のためであることを理解して受け入れることから始まります。

※わがままと自分勝手の意味は、わがままな人は矛盾に生きる愛の存在|自分を愛するスピリチュアルな見方 をご覧ください。

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自分を優先する人と方法

自分を優先する人の特徴にて、他人より自分の利益を優先することの意味と方法がわかりやすくなりますので、順番にご覧ください。

自分を優先する人の特徴4選

1、全ては自分のためだと思っている

自分を優先する人は完全に自分の人生の主観が自分だと認識します。

そのため、自分としての軸があり、意志があり、意見を作ります。

自分の目と頭と心で物事を認識し、明確に“自分のため”の行動と思考だと理解しています。

自分として生きているので、自分のためではないことは、自分を辛くすることだと認識しているので、辛いことをわざわざすることはせず、自分の喜びを尊重します。

 

2、はっきりしている

自分のために生きているので、自分を持ち、行動と思考がはっきりします。

自分の意見があるので、意見を伝え、わからなければわからないとそのまま伝えて、意見を育む機会としたり、何かしら利益を得る行動をします。

白黒がはっきりしていて、好き嫌いも明確です。そのような認識があることで、自分のためになることを優先して、自分のためにならないことを優先しないシンプルな区分けがあります。

 

3、自分を愛している

自分の喜びを尊重する人であり、それは自分を愛している意味です。

自分を敬い大切にする意志を持ち、自分の人生の責任を持ち、自分を喜ばせる決意をした人です。

そのため、自分を優先する人はわがままや自分勝手にはなりません。

わがままや自分勝手をする場合には、“自分の意志がない状態”が必要です。

自分がないことで、他人を利用して自分に喜びをもたらそうと努力をするので、自分一人では喜びが作れず、他人の存在が必ず必要になります。それは、他人が主観である意味です。

他人を主観にしている状態で自分の利益をあげるためには、自分の利益のために他人を蹴落とすという行為が必要になりますが、自分を優先する人は自分を主観にしているので、他人の存在が必要かどうかは自分次第です。

必要であれば他人と共有したり共感して、自分の利益のために関わってもわざわざ蹴落とすことはありません。

 

4、嘘をつかない

自分の本意に真っ直ぐで、自分の意見を隠さずに伝えます。自分の喜びが得られなければ得られないで受け入れ、物事に依存しません。

嘘をつくことで自分の意志を消して、真意を自らわかりにくくしてしまうので、喜びにならないことをすることはなく、思ったことを伝え、事実をそのまま受け入れて現実を見ます。

その上で、真っ直ぐに自分の目と頭と心で認識して、自分の世界を広げ、人生に喜びを増やせるようにします。

嘘をつかないことで真意に自分の意志と向き合い、より自分を敬って喜ばせようとします。

以上が、自分を優先する人の特徴です。

 

自分を優先する方法

自分を優先する人は明確に“全ては自分のため”だと認識しています。

それは、嘘をつかないためでして、“自分のため以外のことはない”という事実をそのまま受け入れています。

自分を優先するためには、事実を認識するための価値観が大切になります。

自分のために言動して行動して思考して生きている事実が、自分を優先する方法にそのままなります。

 

全ては自分のためだと受け入れる

自分がいる以上、肉体を持ち、脳で思考を作り、心で気持ちを生みます。

その基盤があるために、自分の行動は全て自分が主観である自然な理解があります。

すると、“全ては自分のため”に行動していることがわかります。

ご飯を食べるのも、仕事をするのも、生きているのも自分のためです。

あらゆる行動を振り返ると、そこに例外がないことを知ります。

今日も自分のためにご飯をたべて、ご褒美を挙げて、ごみ拾いも自分が満足するからしています。

子供に、「ほら、ゴミはちゃんとゴミ箱にね」と優しく言うことが自分の満足で、「最近の若者はなっていない」と憤ることが自分の納得で、「いや、時間ないからできないよ」ということが自分のためで、シュークリームのバニラか抹茶かを選択するのと、25年間勤続した会社をドロップアウトするかどうかの選択は同じ程度の話にも拘わらず、そこに差を見出して自分に価値を見出そうと自分のためにします。

仕事をするのもお金を得られるためで、家族を養えるためで、家族を困らせないことが嫌々仕事をすること以上に利益があれば仕事を辞めません。

どれだけ辛い状況があっても、自分を変えない場合にはそこに自分が恐怖を味わわない利益と納得があり、自分のためです。

自己犠牲でも何でも、自分に喜びがあったり、強制されても何でも、それを拒んで自分で人生を切り開くこと以上に利益があります。

親がしょうもなくても家を出ないのは、そこに家賃を払わないで済むことや、安泰や変化をしないことや、新しいことを始める恐怖を味わわない自分のための利益があります。

全ては自分のためとは : 自分の行為は自分にとって納得や満足があるためにしている

誰しもが、自分のことを第一優先にして、他人と共存したり利用したり活用します。

「自分のためではない」という不納得は、事実を見ない人がする嘘であり、偽りであり、偽善や誤魔化しです。

今日もみんながみんな、全ては自分のために生きています。

  • 全ては自分のためであることは、自分が満足するために生きている意味。
  • 全ては自分のためであることは、他者への干渉や排他も含めた自分が納得する意味。
  • 全ては自分のためであることは、自らが喜びを作る認識であり、他者を利用して迷惑をかける思考であり、人それぞれの利益を得る行為。

自分の喜びでも、他人に迷惑をかけても、ネガティブがないことでも、ポジティブを得ることでも、全ては自分が基盤にあるために、自分の納得と満足の利益に繋がっています。

その事実を受け入れることで、自分を優先する方法になります。

※自分を大切にするスピリチュアルな意味がありますので、自分を大切にする心の意志|褒めて動き出す内なる存在は自尊心の塊 をご覧ください。

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自分を敬う

どんな行為でも自分のための利益になりますが、自分を優先する人は、他人に干渉して自分の利益のために排他しようとする意識はありません。

そのため、全ては自分のためである事実を受け入れた上で、自分を敬うことで自分を優先することができます。

そこには、恐怖を味わわないというネガティブを回避した喜びではなく、自分に喜びがあり嬉しさがあり、感謝や楽しみがあるポジティブをもたらす利益となり、自分を主観にした上での心からの喜びがあります。

自分を敬うことで、自分を人生の主人公にして、自分の意見を作ります。

自分を敬うことで、恐怖から逃げる自分を認識して、自分なりに変化や改善を試みる動機が生まれます。

自分を敬うことで、自分を知り、自分の喜びを知り、自ら喜びを作る認識が生まれます。

すると、他人との共有や共感が起き、自分を敬うために他人と関わることになります。

そして、他人と関われるからこそ自分が嬉しいことを知り、他人が居るからこそ自分に利益があることを知り、事実をより明確に認識していきます。

そこには、感謝や愛が生まれ、より自分や他人を敬う気持ちが育まれます。

とにかく自分を中心に物事を見ることが重要でして、主観を自分にすることで他人に依存や執着をすることはなくなり、他人の存在が必要不可欠なわがままや自分勝手にはならなくなります。

自分を知り、軸を持ち、自分にとっての喜びを理解しながら、起きている事実を受け入れることが、自分を優先する方法になります。

 

他人より自分の利益を優先することの意味

本当の意味での他人優先は、優しさと愛があることで成り立ちます。

他人の喜びが自分の喜びとなった時、自分の意志を持って他人優先をして、他人も自分も喜ぶこととなり、敬いの共有が起きます。

そこで真意なく、自分に嘘をついて嫌々他人優先をすることは、自分優先です。

しかし、自分の利益を得ていることを見ずに、自分がどう思われているかを気にかけることで、他人優先をしている自分像を作り、自己満足の世界に入ります。

そして、自分を見失い、嫌なことをしている自覚をして、さらに“納得”という利益をあげます。

事実は、「嫌われないことはそんなに嬉しいですか?」ということです。

“何が自分にとっての利益であり喜びか?”を理解することが必要な理解となり、全ては自分のための行為であることを受け入れることで、他人より自分の利益を優先することの意味を知ることになります。

それは実際に受け入れた際に体感することですが、実は、「事実をただそのまま認識する」ことです。

 

起きている事実が、他人より自分の利益を優先する意味

お腹が空いたらご飯を食べることがその意味です。

その際に、自分よりお腹を空かせている人がいて、自分の分を与えるのも、分け与えるのも、全て自分を優先している行為です。

なぜならば、そこに納得があり、満足があるためです。

そのため、どんな自分でも人間でも、行動や思考をそのまま受け入れて認識することが、他人より自分を優先している事実を教えます。

その現実を見ないようにするのが、思考でありエゴであり、思い込みであり決め付けです。

今の自分を観察してみてください。あらゆる行為は自分を優先しています。

それが嫌で、受け入れたくないがために事実を見なくします。ですが、事実を見始めることから始まります。

全ては自分のためだと知ることから、目を開けば変わります。誰しもが自分を基盤にしていることから、認識を変えて事実に気付くだけで、物事はどんどんと変わっていきます。

あとは、自分の意志次第です。

目を開くと、「パァ」っとなりますよ。

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他人より自分の利益を優先する まとめ

自分自身と自分の利益を敬うことは自分を優先することです。

自分の利益がどんなものであれ、自分の求めているものを自覚して受け入れることで自分を大切にします。

しかし、自分に嘘をつくことで自分を優先することを邪魔します。

その際には、自分を優先する方法として、全ては自分のためにしている理解をして、自らの意志にて価値観を見直して、受け入れられることを自分の意見として受け入れてみてください。

全ては自分のために、普段の生活を過ごしています。

ネガティブを味わわないことが利益となる場合、幸せの基準が低いという重要な価値観になります。

そのため、不本意ながら他人優先してしまう人が、自分を敬い事実を受け入れた時、大きな幸せと共に自分を優先する人としての解放と喜びの人生が始まります。

それは、断チョコ3年の後のトリュフチョコレートを食べて、ほっぺ赤まるで発狂するようなもので、信じられない喜びがあります。再起不能かもしれません、注意してください。

生きている以上、全ては自分のために生きています。したくなければする必要はなく、何よりも自分を大切にすることが大切です。

その際に敬いを持つことで、他人を排他せず、共有することとなりますので、他人よりも自分を優先して、他人も自分も敬う時間を堪能されてください。

自分の認識や在り方に気付く一助となることを願い、他人よりも自分の利益を優先することの意味についての話を終了します。

最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。

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