スピリチュアル

心が綺麗な人の特徴に美形もブスもない|自分で選んだ容姿にスピリチュアル

顔が綺麗なのか心が綺麗なのかは、全て容姿となり外見となり表れます。

しかし、可愛い可愛くない、美形ブスの概念はありません。

顔などの造形は時代背景と価値観の認識により、良い悪いの概念は直ぐに変わるため、心からの美しさや綺麗であることを理解する際に、“物体造形”は関与がありません。

心が綺麗な人は人間としての綺麗さを表し、それは内側から、と言いたいところですが、内側からオーラや波動が変化しているかどうかは完全なる個人の自己満足ですので、変化がわかりません。

心が綺麗な人は外見が美しくなります。顔や肉体による形や配置や角度といった、見る側が視点を変えればどうとでもなることではありません。

このように少しわかりにくいので、心が綺麗な人の特徴にある外見と容姿を紐解くスピリチュアルな認識をご覧ください。

美しい容姿や美しくない容姿で生まれるスピリチュアルな理由にある、心が綺麗な人への道と目的がありますので、心を綺麗にされる一助となることを願います。

心が綺麗な人 スピリチュアル

心が綺麗な人とは

心の綺麗さにある「綺麗」という概念は人それぞれの評価。いつでも変わりゆく時代のような思考ルールです。

このように物事のイメージを捉えるために思考を使いたくなりますが、心が綺麗かどうかは心の認知度を意味します。

心が綺麗な人とは心の認知が高い人。

 

心の認知は愛の認知

心とは愛の感受があり、恐怖の感受もあります。

脳の思考概念が入らない領域であり、善悪のルールブックはありません。

愛と恐怖は表裏の関係性を持ち、共に拒否しないことで心を認知します。

この様をスピリチュアルに捉えると、魂の認知が高いと表現します。

魂とは心と繋がる記憶であり意識の源。心の認知が高く、拒否せず受け入れる許容、愛の認知度の高さがあります。

心が綺麗な人とは、魂の認知が高い人
※受け入れの許容が広く、愛の認知度、魂の成熟度が高い

受け入れも愛も成熟も全て同じように比例し、心が綺麗な人は物事の受け入れ度が高く、寛容で柔軟である意味です。

 

心が綺麗な人は愛の人

愛をたくさん持ち、自分を愛し、他者を敬う気持ちを持ちます。

魂が成熟していることで落ち着きがあり、物事を俯瞰して観ることができる大人らしさがあります。

自然と波動が高まる人間性とさまがあり、オーラを輝かせて雰囲気から美しくなります。

心が綺麗な人には特徴が表れ、外見から美しく綺麗になり、目が輝き、容姿と性格が誰からでも綺麗だと感じるものになります。

思うのではなく感じさせるさまがあり、相手の心の認知を引き出す影響者となるのが、心が綺麗な人です。

 

心を綺麗にするスピリチュアルな認識

心が綺麗になることは、心の淀みを取る度合いを意味します。

スピリチュアルな認識では魂に意識の根底があり、魂と繋がる心の認知を基に自己の成長を求めます。

成長には人それぞれの記憶と魂の認知度合があるため、自由意志にて「あなたにとっての成長」が千差万別にあり、善悪のルール概念がないために退化も成長へ繋がる一連となります。

心とは波動を受信して気持ちに変換する機能を持ちますが、目には見えません。

心が認識する気持ちと脳の長期記憶に入ったものは、潜在意識へインプットされて情報を蓄積していきます。

情報はそのまま“魂の成長”となる学びと経験に繋がる。そんなイメージです。

 

成長する過程で心に淀みが付いていく

学びと経験によって魂を成熟させていく目的を持ってこの世を生きていくと、生きる過程で魂に淀みが付いていきます。

人間は独りでは生きていけないため、常に他との関わりで生育し、経験し、成長します。

他からの影響が強ければ自尊を穢され、自分を見失うことも起き、反発から自分という個を主張して、何者かを特定するために我を貫く、新たな自分も出て来ます。

ルールにて縛りを設け、他者によって自分を認めて認識するようになると、「これが私だ」「私とは私だ」「この命は自分のものだ」と主張・誇示・固執し始めます。

おそらくほとんどの方はそうなると思います。

この状態の自分をエゴ(煩悩・我)と言い、心に淀みを付ける材料です。

エゴは拒否が多く、自らを自ら認められず、他の人や物や情報やルールや社会性が主観となり、比較や執着や不安や恐怖が多い自分を意味します。

淀みを拭い取る作業をすることで、心が綺麗になっていき、心が綺麗な人とはエゴがない状態を意味します。

 

エゴによって付いた淀みを掃除することで心が綺麗になる

世の中を生きていると、周囲の影響にてエゴが作られていくことがほとんどです。

淀みが付いても綺麗に掃除する人は、心が綺麗になります。

自らが磨いて綺麗にする過程が含まれるため、淀むことは成長によって心や愛の認知を深める行動が含まり、掃除にて綺麗になるエゴの大切さがあります。

掃除は、ありのままに生きることを意味します。

淀みを作ることが成長の糧となり、淀みを取る行為が成長にもなり、心も綺麗になります。

掃除する際に一生懸命に腕を動かし、掃除が終わって綺麗になっている時には筋肉も付いている。そんなイメージです。

 

成長は心を綺麗にすることとは別概念

成長がなくても、ありのままに自分の喜びのために生きていれば心は綺麗になります。

周囲の影響によってもエゴが作られる人もいれば、作られない人もいます。

幸せな家族で育ち、自尊を尊重されて愛をたくさんもらい与え合い、育み合う意識によって心の淀みがない人もおり、純粋で素直で心が綺麗です。

周囲のおかげで心が綺麗というものではなく、ありのままに生きられることで心が綺麗になります。

エゴが付くと淀みを取る掃除が自然と成長になりますが、成長は心を綺麗にするための条件ではなく、付随する特典です。

心の綺麗さにはエゴとの関わりや手放しが重要なポイントとなり、エゴがなければないで有り難いですが、あればあるで成長によって心や愛の認知を深めることができ、より心を綺麗にできます。

  • 心が綺麗になるとはエゴの理解
  • 心の淀みを綺麗にすると成長になるが、初めからエゴを作らない環境であれば、生まれた時から心は綺麗
  • ありのままに生きると淀みは作られない
  • エゴを作ってからありのままに生きることで、魂の成長と淀みの掃除を一緒にし、生まれた時以上に心が綺麗な人になる

心の綺麗さには、「ありのままの自分」として生きるためのエゴの理解が大きく関わります。

※心の詳細は、心を知るとモヤモヤの理由がわかる│スピリチュアルな心の働きとは をご覧ください。

 

心が綺麗な人の特徴

心が綺麗な人は、活力的な天真爛漫か、落ち着きのある成熟かに分かれます。

共に顔と肌に艶があり、外見から美しくなる特徴があり、容姿としての立ち居振る舞い、姿勢、性格に温かさがあり、周囲の人に共通で、「心地良い」という気持ちを与えます。

心が綺麗な人の特徴はこちらです。

心が綺麗な人の特徴
  1. 優しさの愛で他者を敬う
  2. 自分を愛する
  3. 受け入れない概念がないので素直
  4. 目がキラキラと輝いている
  5. 顔や肌に艶がある
  6. 落ち着きがあり、寛容で柔軟
  7. 性格が丸く穏やか
  8. 活力的で声が柔らかい
  9. 姿勢が良く自然な立ち居振る舞いをする
  10. 自信にみなぎるが押し付けずコントロールする

スピリチュアルな特徴もあります。

心が綺麗な人のスピリチュアルな特徴
  1. オーラが美しく輝く
  2. 波動が高い
  3. 守護霊の数が増え、指導霊が多い

心が綺麗な人は外見が美しくなります。

体感や感性として感じる美しさがあり、生まれた時の状態に近付いていきます。

エゴの理解による分離にて淀みを掃除した人は、落ち着きと他者への敬いの愛を強く持ち、何よりも自分を愛することを忘れません。

心の綺麗さは声となり、姿勢となり、生き様としての考え方や在り方に反映し、「心地良いなぁ」と周囲の人に感じさせます。

声の波動の柔らかさや細かさに温かさがあり、歩くだけでも人を敬って道を譲り、行動一つ一つに温かさが加わります。

何より、心が綺麗な人は目がキラキラしています。

まるで黒目しかないかのような美しさがあり、全身が吸い込まれるような陶酔感がある、もはや魔力です。

 

心が綺麗な人のスピリチュアル特典

心が綺麗な人には守護霊や指導霊、他にも龍神様や神様や天使やアセンデッドマスターという、見守りやサポートとして助力をくれる存在が付いてくれる傾向があります。

スピリチュアル特典。心が綺麗だからこその恩恵と恩沢です。

見守ってくれる存在はこちらです。

心が綺麗な人を見守ってくれる存在

  • 守護霊:人生の目的を果たすためにサポートをしてくれる存在(同じグループソウルの一員)
  • 指導霊:さまざまな専門分野に長けた能力者が今世での役割遂行のために手助けをしてくれる
  • 龍神様や神様や天使:役割遂行を統括的にバックアップして、魂の向上や成長の機会を増やしてくれる
  • アセンデッドマスター:イエスキリストやブッダ、マザーテレサ、ガンディー、空海、安倍晴明など、過去の偉人となるような意識レベルの高い人に見守られ、魂の向上と成長のための役割のサポートとして力を貸してくれる

心が綺麗な状態ではエゴなく愛の認知が高く、自然とスピリチュアル能力が開花していきます。

オーラが見えたり、ヒーリングやチャネリングやリーディング、遠隔治療のリーディングや霊視など人それぞれにさまざまですが、共通していることは物事一つ一つの意味を理解する能力の高まりです。

「今どうしてふと窓の外を見たのかな?」など実にあらゆることの意味を理解していき、さまざまな経験の蓄積にて自然と落ち着きを伴う、心が綺麗な人の特徴です。

環境次第で、子供のように天真爛漫でありのままに生きている心が綺麗な人もいます。

生まれた時の状態として、淀みなく汚れのないピュアで心洗われるような美しい様が表れます。

※目が綺麗な人のスピリチュアルは、【キラキラな目の正体】目が綺麗な人のスピリチュアルは「欲と心」をご覧ください。

 

容姿にて心が綺麗になるスピリチュアル

心を綺麗にするための容姿がある

スピリチュアルな認識をする際には、「生まれてくる意味と目的は完全に千差万別」である理解が大切です。

一人一人に目的があり、一人一人に成長の度合いや幅があります。

中には心を綺麗にすることを目的として生まれてくる人もおり、エゴを作る必然的な生活環境や体験が自己の成長に繋がる大切な材料になります。

千差万別の目的の中には、『心を綺麗にするために容姿を特徴的にする』ことで成長を促すことがあります。

美しい容姿で生まれてくる人と、美しくない容姿で生まれてくる場合です。

 

美しい容姿で生まれるスピリチュアルな理由

可愛い、セクシー、カッコいいなど、美しい容姿で生まれるのは自分を見失うためです。

「自分を見失う材料」になります。

生まれる時代と場所、生活環境となる親や周囲の人の存在が重要となり、自分を見失う環境を選ぶことで、より大きな成長を求める意志が見られます。

自分を見失う材料にして、自分を見つけ出すことで心が綺麗な人になる目的を真意として持ちます。

美しい容姿にて得る機会
  • 「美しい、可愛い」ともてはやされ、自分の存在なく生きられる
  • 「美しい、可愛い」ともてはやされ、自分がないことを自覚して社会に反発して自分を見失える

周囲によって自分を見失うのか、自分自身で見失うのかの違いがあり、共に自分を見失います。

美しい人とはとても忙しく、常に周囲の人の目にさらされます。

必ず周囲の人の目と評価を気にするようになり、干渉が激しく煩わしさがあり、他者の言うことが自分を構成する材料となり、自分自身で自分を見出す状態を逸脱します。

親に私物化され、容姿が必要な進路を決められたり(アイドルやタレントなど)、周囲の人の反応のために生きるようになったり、自分を見失う環境で育つことでもてはやされるのが当たり前となり、自分が見えなくなります。

自分がないと自覚すると、魅力がないにも拘わらず顔や肉体を目的にする男女が近寄ってくることから人間不信になり、視界や認識を狭くし、自分の意見や感情表現もなくなり、社会に反発して自分を見失っていきます。

美しい容姿で生まれてくる際には、幼少期から反発して自分を見失うことで自分を探す状態と、年齢を重ねてから誰もちやほやしてくれないと気づくことで自分を探す状態があります。

自分を見つける目的ができ、ありのままに生きていくための経験や過程の学びにて心が綺麗になり、周囲の人を美しい容姿で喜ばせる「生きる影響者」となる機会を持ちます。

※美しい人のスピリチュアルな話は、美しい人のスピリチュアル。人に好かれる人に神秘の見えない美学 をご覧ください。

 

美しくない容姿で生まれるスピリチュアルな理由

ブス、ブサイクなど、美しくない容姿で生まれるのは自分を見失うためです。

美しい容姿と同じ意味があります。

自分を見失う材料にして、自分を見つけ出すことで心が綺麗な人になる目的を持ちます。

美しくない容姿に対してどのように反応してくるかの周囲の環境が重要となり、国や生活環境、日本では県民性や地域性、家族である親や兄弟姉妹の価値観や、兄弟姉妹の容姿などの比較対象が身近にあるかどうかの距離感も重要になります。

美しくない容姿は美しい容姿と同様に、周囲の反応を主体にする考え方と生き方が構築されていきます。

ネガティブな印象があり、心に傷を負うことで思考とルールにて取り繕い、自分を見失っていきます。

身近な人の哀れみや心配、愁いや落胆などの一方的な失望やネガティブな押し付けにて自分を見失っていきます。

「そこまで美しくない」「そんなに可愛くない」などの程度がないことで極端に自分の存在を隠したりなくしたりし、成長の糧を作ります。

容姿によるスピリチュアルな理由には、明確な愛の認知度を高める意志があり、自分を見失って取り戻す過程でさまざまなことを経験し、受け入れる許容を広げる機会があります。

自分を受け入れ、周囲の反応を受け入れた時、ありのままの自分を敬い、美しくない容姿だからこその周囲への良き影響が作られます。
自分を見つけたあかつきには心が綺麗な人の特徴が表れ、存在自体に温かみが生まれ、顔や肉体という小さな視界ではなく、人間性や精神性から見える美しさが加わり、心から美しい人に成っていきます。

※心が綺麗な人は生きづらくなる詳細は、【心が綺麗な人】心にこもると生きづらい│改善は人間の三位一体をご覧ください。

【心が綺麗な人】心にこもると生きづらい│改善は人間の三位一体心が綺麗であることは自分自身との向き合いがあり、心の認知を高める自然な在り方を表します。 しかし、生きづらいと感じることもあります...

 

心が綺麗な人のスピリチュアル まとめ

美しい容姿と美しくない容姿として生まれてくることで、自分を見失う機会を作り、心に淀みをつける材料となります。

容姿が美しいか美しくないかはとても大切な成長材料となり、自分を見つけ出すことを目的にすると、飛躍的に”心”が綺麗になる機会となります。

美しいのが良いのか、ブサイクなのが良いのかは本人にしかわかりません。

美しかろうがなかろうが顔や容姿の見る角度で変わるものではなく、心からの美しさと変容のない確たる魂の美学として綺麗な人となり、周囲を魅了する心が綺麗な天使のような人になります。

美しい人とは心が綺麗な人のことを言うのかしれません。

生き方と考え方が姿として表れる生き様の美しい人であり、オーラや波動による認識以外にも、外観から理解できる“美しい感じ”があります。

性格が柔らかく、愛を持って人を敬い、違和感のない自然な背筋があり、姿勢から立ち居振る舞いにまるで残像のオーラが見えるかのような光をまといます。

顔や肌に艶が生まれ、見た目にも美しくなり、化粧の仕方や洋服のチョイス、装飾品に歩き方、何から何まで他者を敬い自分を敬う形となり、それは自然な美しさとして高波動を発しながら人々を心地良く温めます。

心が綺麗な人は何もかもが美しくなります。自分を確立し、ありのままの自分として愛を尊重します。

最終的に目の輝きは黒目のみの美しさとなり、気づけば未知なる愛の世界へ誘われ、7色の輝く光が湾曲しながら空間を張り巡り、心の底から魅了する綺麗な心を体感させるかもしれません。

全ては自分の成長のためとなる必要な機会となり、自分を受け入れることで心が綺麗な人へとなる歩みを進めていきます。

心の綺麗さは本人が最も体感することとなりますので、ぜひ生きることを楽しまれて、生まれた時の綺麗な自分を思い出し、さらなる心の綺麗さを手に入れられてください。

心を綺麗にする一助となれば幸いです。

それでは、心が綺麗な人のスピリチュアルなお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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POSTED COMMENT

  1. ユウモ より:

    容姿を特徴的にすることで心を綺麗にするという話。
    なぜか泣けました。感動しました。
    ありがとうございました。

    • 北斗 より:

      こちらこそ、ありがとうございます。
      きっと、心が綺麗なんでしょうね。

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