心理と特徴

感性が豊かな人から学ぶ感性とは?│特徴には知性の有無とぶっとびパンピー

「ここに風に包まれるようなソファを作ろう」
「太陽を食べるつもりで挑もうぜ」
「この絵はまるでタコ踊りだな」
「はらわた煮えくりかえるってオエっ、気持ち悪くなってきた」

感性が豊かな人といると、「はっ?」「へっ?」「ほえっ?」の連発。

「ちょっと何言ってるかわかりません」と。

ここで考えたいことがあります。

何言っているかわかっちゃうなら、感性ではないかもしれないということ。

私達は感性を持ち、知性を持ち、理性を持ちと、あらゆる認識の知覚能力を持つ人間です。

感性が豊かな人とは認識力を育む知覚能力の一つが高いと言えるのかもしれません。

私は絵描きですので、表現者や創作者との関わりがあり、皆一様に感性豊かです。

感性とは言葉で言われてもわかりにくいものですが、感性豊かな人と関わっていると感性が手に取るようにわかります。

そこで、私なりの理解ですが、感性豊かな人の特徴と共に、感性とは何かの紐解きを言語表現したいと思います。

感性が豊かで鋭い方も、そうなりたい方も、より感性を高める一助となれば幸いです。

感性が豊かな人の特徴

初めに特徴をお伝えし、概要を一緒に把握してから、感性とは何かの詳細へ向かいましょう。

感性が豊かな人の特徴

それでは、順番に特徴をご覧ください。

1,子供のような人

子供のまま育ったような人で、頭の中は子供かなと思える特徴です。

感性ぶっ飛びはちべえになると、もはや赤ちゃんのままのような人も。

 

2,自分の喜びを貫く

子供のような人というのは、未発達という意味ではありません。

「自分の喜びを我慢しない」という意味です。

喜ぶことに対して、周囲からどれだけ抑制や縛りや支配があろうとも、喜びを貫く姿勢を持ち、何があっても喜ぶ意志を消さない特徴です。

 

3,認識に執着しない

認識フリースタイル。

自らの知覚となる、感覚や感情、思考や想いなどの認識に対して執着しない特徴です。

そのため、感性が豊かな人は頑固や固執の粘着質がなく、こだわりがあってもそこにしがみつかず解放します。ネバネバなし、サラサラー。

言い方を変えると、「これは私のものだ」とは言い張らない特徴です。

 

4,自意識が高い

「私は私、あなたはあなた」と自分と他を区分けする意識があり、自分のことを自分で認識する人です。

他者に飲み込まれない特徴でして、「あの人が私のことをブスって言ったから私はブスなんだ」とはなりえません。

集団で固める大衆向きではなく、大衆の中はちょっと生きづらいかも。

 

5,自分の意見がある

感性が豊かな人の大きな特徴は表現することです。

そのために自分の意見、見方、捉え方、いわゆる自分の認識があり、表現するための材料を自己理解しています。

 

6,自律

自分の行動や思考は自分で作ったルールに従います。

他は他なので自を明確に主体にして主観にする特徴です。

 

7,今へのフォーカスが濃い

物事を認識する際、今この瞬間、見ているこれ、感じているあれ、想っているそれ、にフォーカスします。

例えば、美術館で絵を観る時は、その絵にフォーカスして、その絵の中に入ります。

この時、その絵以外にフォーカスがないので、絵から認識される情報量が多く、自分の意見を多く見出します。

酔った時みたいな?ね。

 

8,感受と思考を明確に分ける

大きな特徴となるのが、認識材料と思考にて自分の意見を作る段階が明確に分かれていることです。

絵を観た時には絵の世界に入るので、そこで起きるのは感覚や感情、波動やエネルギーなどの感受、「感じる」ことです。

その後に、「この絵はぴょん吉」と思考へ向かい、感想や意見を言うので、絵を観ていきなり感想には向かいません。

他の例にすると、鮭のはらすを口に頬張ってモグモグし、認識材料を感じてから、「おいしいね」と意見を作って表現するという具合です。

 

9,想像力、創造力がある

感性が豊かな人は表現する力があり、そのための想像と創造があります。

これら二点を持つ人の特徴となるのが集中力でして、一つのことにフォーカスすると集中し、自分の世界に入ります。

 

10,誤魔化さない

最も大きな特徴です。

感性が豊かな人は自分を偽り誤魔化しません。

良いものは良い、嫌なものは嫌と、ただ事実に拒否しません。

「拒否する」「現実をなかったことにする」「認めない」をせず、起きたことをそのままに認識するため、思考の思い込みや自分ルールを現実に反映させて目を瞑ってなかったことにはしません。

認識における現実主義者です。

 

11,素直

最後の特徴は素直。

現実をそのままにするため、事実へのあらがいや抵抗がない人です。

自律がありますが他律への抵抗がないので、他者に従うことも躊躇がなく、受け入れる許容を持ちます。

以上が、感性豊かな人の特徴でした。

 

感性が豊かな人の特徴 一覧

上述の特徴一覧です。

感性が豊かな人の特徴
  1. 子供のような人
  2. 自分の喜びを貫く
  3. 認識に執着しない
  4. 自意識が高い
  5. 自分の意見を持つ
  6. 自律
  7. 今へのフォーカスが濃い
  8. 感受と思考を明確に分ける
  9. 想像力、創造力がある
  10. 誤魔化さない
  11. 素直

※人に興味がない感性が豊かな人もいますので、他人に興味がないと言われるのは気付きの機会|人の見方が違う心の在り方 をご覧ください。

 

感性とは

感性とは?

感性には哲学や心理、芸術や美などの観点があり、さまざまな捉え方があるので少し曖昧なニュアンスかと思います。

ここからは感性が豊かな人の特徴から、感性の紐解きを私なりにしたいと思うので、一つの考え方としてお楽しみください。

まず、辞書にある感性の定義を見てみましょう。

感性とは、
 物事を心に深く感じ取る働き。感受性。「感性が鋭い」「豊かな感性」
 外界からの刺激を受け止める感覚的能力。カント哲学では、理性・悟性から区別され、外界から触発されるものを受け止めて悟性に認識の材料を与える能力。
※コトバンク引用

感性は感受性とも言われ、認識材料を与える能力とも言われ、英語では[Sensitivity]とセンス的な具合。

ちょっと言っている意味が私にはわかりませんので、上述は一旦ぶん投げておきましょう。

感性を最もわかりやすく表現してくれる存在がいますので、ご紹介します。

「赤ちゃん」です。

今日はそこら辺にいた赤ちゃんにゲストとして来ていただきました。

バブバブー。

「早速ですが、あなたが普段から表している感性、まさに今も何もない空間に手を振っていますが、その感性とは何ですか?」

バブバブー。

ふむふむ、やはり感性しかありませんね。

私の理解では感性とは、その人の世界でのその人の情報となる感受の働きだと考えます。

例えば、赤ちゃんに10億円相当の名高い画家が描いた絵を渡してみます。

きっと、笑ってグチャグチャにするか、ヨダレをつけてビリビリっとするか、仕舞にはおしっこでもぶっかけて泣き出します。

まさに感性。

ここでわかるのは、もし知性(思考)があればこういうことはしないということ。

いわば、感性とは物事を認識する初めの情報取得、自分の意見にするための材料認知。

「この絵を私の目で見て、心で感じて、身体がビリッと破く」

動物だこりゃ、と。

物事を認識するための一番初めの材料を感受という「感じる能力」で取得、そこに五感や感情、波動にエネルギーなど、肉体と心を使用した感じる働きがあります。

その後に入ってくるのが知性である思考、情報を基に考えたり思う状態です。

この知性がない状態が赤ちゃんなので、「あ、これが感性だ」と最もわかりやすく表現してくれていると考えます。

そのため、赤ちゃんの動き、働きは全て感性という見方です。

以上を一旦まとめるとこうなります。

感性とは赤ちゃん。

「いや、わからねー」という感じですので、より詳しくしていきましょう。

 

感性が豊かな人とは

感性の後に来るのが知性である思考。

もし赤ちゃんに知性があれば、感性にて情報収集した後の行動が変わってきます。

「10億円、これを破いたら責任とらなくちゃ」
「人の物は勝手にしてはダメだと親から教えられたから大切に扱おう」
「これがあの有名画家の絵か、素晴らしいな」

知性があると感性の使い方が変わります。

ですが、知性がないと感性の抑制や調整部門が欠落、解放も解放、自由にはっちゃけます。

すると迷惑になり得ます。

いわゆる感性に価値がない状態です。

感性が豊かな人は子供のような人ですが、ただ感性だけあって知性がなければ、電車の中で急に絵を描きたくなったから、スプレーで落書きを始める的になりかねません。

これは価値にもなり得るのですが、自ら価値にしようという概念がないことで起きるのが、自律主張、自己主張。

自分ルールにのみ従うルールを作ることで、頑固や固執になり、豊かさとは違う方向に向かいます。

芸術家や表現者にはとにかく自由を求めて、抑制や縛りを嫌う人が多いので、中には感性爆発のみにフォーカスする人もいます。

そこに何も悪いことはないのですが、知性がないと社会性を忘れてしまうため、「あの~、無人島で独りでやってもらえます?」ということになる可能性が。

無価値は時に迷惑、価値を見出してくれるのは他者次第、いわば自律だけど自立できていない。

感性が豊かな人は、感性の表現に価値があり、そこには知性が含まれています。

知性によって感性の使い方がわかり、周囲を喜ばせたり、不思議がらせたり、新しい世界を見せたり。

怖いことをしてもそれは感性と知性の合わせ技、人それぞれの表現があり、そこには価値を自ら作る気があるのかないのかが明確に表れます。

  • 感性のみ…価値認識はなく、感じるままに表現する解放
  • 感性と知性…価値認識があり、感じたものを思うままに表現する自由

自由に対してもさまざまな理解があると思いますが、自由とは何もない草原で自ら物事を創ることができる意志や様だと考えます。

そこにあるのは自立、許容、創造性です。

感性が豊かな人が教えてくれる感性とは、認識する材料の一番初め、「感じる」ことで情報収集する働きです。

ここでわかるのは、感性は誰しもが持っているということです。

※感性同士の関わりを表す話は、子供に好かれる人の明確な理由|小さな大人は仕事の協力者になる をどうぞ。

 

感性が乏しい人とは

誰しもが持っているのに、感性が乏しい人がいます。

なぜでしょう?

感性が乏しい人は知性があります。

それは感性以上に知性を優先した過去があり、価値観があり、認識があります。

感性とは赤ちゃんブースト、感性の塊がオギャーオギャーと生まれた後に起きるのが、知性の育み、思考にて頭に情報が入り、自分の意見ではなく他の意見が入ってきます。

目の前にあったご飯茶碗、ばぷーと最高の笑顔と共に頭を突っ込んでキャヒーンと茶碗をぶん投げる。

顔はご飯粒だらけで大笑いケラケラケラ。

芸術的な感性表現者は、ここであることをされます。

「こらっ!」

指導、躾、教育、抑制、縛り、支配…言い方はさまざまに知性が入ります。

ここで、抑制や強制が強く、他者からの情報が多くなってくるとあることが起きます。

自分の認識材料である感性を消して、他者からの情報収集をメインにし、自分の意見がなくなります。

他律というやつです。

自分の意見は感性によって作るため、感性という自らが認識する情報がなければ、自己理解ができません。

思考にて他者の情報を記憶したり思い込めば理解はできるのですが、自己理解ができない状態です。

すると、感性を忘れていき、他の意見を主体にした知性の育みが多くなり、自信がなくなり思い込みが増え、ルール概念や統一化にこだわった正当化意識や自己主張にて自らを保とうとすることが起きます。

そのため、感性が乏しい人とは感性という自らの意見、理解、認識の材料がない、または忘れてしまった人と考えられます。

幼少期から、「あれはダメ、これもダメ、それもダメ、あーダメダメダメ」
「これをしなさい、あれをしなさい、これはイイ、あれはOK、それならギリギリOK」とされてしまうと、強い者には歯向かえない立場の場合には感性がなくなります。

人それぞれに感性がないのか忘れてしまったのかが幼少期の環境によって変わり、感性の乏しさが表れると社会性や大衆意見に従い、「みんなが言っているから」「こうしろと言われたから」「社会的にはこうだから」「辞書にはこう書いてあるから」とそれ以外の認識ができなくなり得ます。

このことから、感性が乏しいとは知覚能力の一番初め、「感じる」働きによる情報収集が乏しいと考えられます。

いわゆる、思考過多の他律、物事の理解があり、自己理解がない状態です。

 

感性とは まとめ

少しずつ感性の正体が見えてきたかと思います。

感性とは肉体や心にて感じる働き、物事を認識するための初めの情報収集。

いわゆる、自意識のベース部分です。

自己理解、自分の意見、自己認識の基となり、自分で取得した材料を基に物事を作るための創造力の基盤。

自意識によって自と他を区分けし、自分は自分、あなたはあなた。

自分のことは自分で認識することで自律と自立へ繋がり、その意識が高ければ高いほどに自らの目・鼻・耳・口・体を使って情報を取得します。

さらに、自らの心にて波動やエネルギーなど少し別概念を感じる人もおり、情報をさまざまに取得します。

それらの情報は全て自己理解の上で貯蓄されているため、起きるのは自己表現、そして創造です。

感性とは自己理解によって取得された認識情報、全ては自己認識の育みや表現として使われ、そこで起きるのが創造です。

何かを新しく創るための力、それが感性。

これは紛れもない創造力の基盤であり、自己理解にて取得した情報、いわゆる自分そのものだと思います。

自分を構成する基盤となり、知性を育むことで感性は価値となり創造力は自他共のためとなります。

さらに理性が加わることで社会のためとなり、価値の拡大を創作していきます。

感性はベース、誰しもが持つ自己理解の原液。そこから人それぞれに知性とのバランスを作り、人によっては理性へ向かい、人としての育みが進んでいきます。

感性があると自然と表現や創作意欲へ向かっていく、なんせ情報量が多いもんで。

感性とはただ遊ぶための材料かもしれません。

※感性を豊かにする表現の話は、自己表現の方法は絵がいいかな?|何でもいいけど表現する意味が大切 をご覧ください。

自己表現の方法は絵がいいかな?|何でもいいけど表現する意味が大切「言葉で自分を表現できないので絵を描く」 私が絵描きとして個展や共展をする際に、良く聞く言葉です。 私はあまり絵の説明や意味...

 

感性が豊かな人 まとめ

感性豊かな人と関わると起きること。

それは表現者や創作者、子供や赤ちゃんと関わると自然に起きるのが、「あなたの感性は?」という自問。

これは、「あなたは何?」という心をガッポリ開く審議の裁判開始を意味します。

そんな関わりの場では、感性を紐解く理解として、[感性=自分のベース]であることを教えてくれます。

言い方を変えると、紛れもない個性、本当に唯一無二、何のルールも他の影響もない真っ新で千差万別の本人のみの認識。

  • 自分を知りたくない人は感性が豊かな人と関わると心地悪さを感じます
  • 自分を知りたい人は感性が豊かな人と関わると心地良さや動力を感じます

感性とは創造力の源でありながら、人として、自分としての存在提唱を鳴らす影響です。

感性が豊かか乏しいか。

どっちでもいい。

乏しければ今日、今この瞬間にでも育み高められるのが感性です。

森の中に行き、公園に行き、木を見て何かを感じます。

思わずに、初めは感じます。

なんでもいいんです。五感でも感情でも鳥肌でも大気の流れでも、木と離れるとどう?木に近付くとどう?

私達は常にいろいろなことを感じています。

感じた後、思いましょう。

手を膨らませ、耳を覆うように被せる、すると耳の中で起きていること、耳の音、空気の音、手の脈動、音の振動、いろいろ感じます。

きっと子供の時は、そんなことばかりしていたかもしれません。

そこで被せている手の前方を少し開く。

すると、外の音がはっきり聞こえる、感じる、そして何かを思う。

感性と知性の合わせ技。どれだけ感性がなく、知性が発達していても、そこに感性を付け足せば知性との合わさりはスムースに順応します。

そこには感性が見せる世界があり、それを認識力というのだと思います。

いかに感性と知性を組み合わせ、自律と他律を見て、自立を持って理性を育むか。

最後は感性と知性と理性の合わせ技、これ最強なりー。

そんな具合かと思います。

それでは、感性が豊かな人はいろいろ教えてくれるね、という話を終了します。

私はスーパーで急に踊りたくなったので、魚コーナーのししゃもの前でシャカシャカダンス。

ししゃもコーナーも以外に人集まるー。

はい、感性の無駄使いと迷惑禁止。

じゃあ、かんぴょう売ってるとこなら人いないからいいでしょ?

って違うかー。

感性って人それぞれの自分の基盤。この話のタイトルは何だったのって話。

【忘れていた人生の合図を電子書籍にて販売中!】

ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ

サラリーマンだった人間がおかしくなる。森での変人化計画と全貌。

一人での森生活、襲ってきた熊は忘れていた大事なことを思い出させてくれました。

自分を探し出す物語。自分を見失い、人生に疑問を抱き、違和感を感じる時こそ、本当の自分を見つけ出す変貌ストーリーが始まります。

自分らしく人生を生きるための経験と知恵を詰めた哲学を、小説として読む内容。

興味を感じた方は、ぜひ始まりの合図を受け取られてください。それはムニュムニュしています。

 

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です