『DNAシフトセラピスト養成講座』
・セラピストになりたい方・自己理解を本格的に始めたい方
・専門的に人を癒し、サポートしたい方
著名な心理セラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生プロデュース。
PR:株式会社Central&Mission
※本気で人生を変える方専用。
ドッチボールの上手い下手があるように、気使いにも上手い下手があります。
とても大切なマナーであり、思いやりのある働きがけ。
周囲は喜び、相互交流の橋渡しになります。
一方、気を使うほどに周囲は喜ばず、めんどくさいと思われる場合があります。
気を使いすぎるとはどういう行為なのか?
ここでは、気を使いすぎることの注意点に迫ります。
- 気を使いすぎてめんどくさいと思われる理由を知りたい
- そもそも気の使い方について今一度考えたい
なかなか見えにくい『気』ですので、内情を言語化し、気を使う上での注意点とポイントを深掘りする内容となっております。
気を使いすぎてしまう側、気を使われる側にとって、お互いに何が起こっているか理解する一助となれば幸いです。
Contents
気を使いすぎる人がめんどくさい理由
気を使いすぎる人がめんどくさい理由6つ
気遣いはマナー、配慮、心配り、思いやりになり、相互コミュニケーションを円滑にしてくれます。
しかし、上手く気を使えないと、相手をイライラさせ、めんどくさいと思わせ、本人は疲れてしまいます。
自らのエネルギーを費やして頑張った結果、相手の時間を奪い取って双方にストレスを与える、という状態を作ることがあります。
この理由がこちらです。
- 自分のことで一杯
- 自己ルールを押し付ける
- 気を使わせる強要が起こる
- 嘘と誤魔化しの多用にうんざり
- 相手側の認識を度外視する
- これらが全て無意識
解説に入りましょう。
めんどくさい理由①:自分のことで一杯
常に気を張っている在り方。
気を張り巡らせる意図は防衛優位ですので、日常的に不安が先行している心理。
自分の心や精神を守るために頑張っている状態は、自分のことで一杯。
余裕がありません。
余裕がない状態でさらに頑張っているため、関わる周囲は気になります。
ヘトヘトに疲れた山登り、一番疲れているあの人は下を向いてゼーゼーしながら、一人一人に笑顔を見せてからお団子を配ってる。
「はぁはぁ、はい、これ美味しいゲッホゲッホ、はぁはぁ、食べてみて、ヒーヒー」
「い、い、いただきます」と受け取らざるを得ない。
もはや笑顔が狂喜に思えてくる。
エネルギーが枯渇していながらさらにエネルギーを消費して関わられると、断れないのでめんどくさくなくなり。
めんどくさい理由②:自己ルールを押し付ける
気を使いすぎるとは、自己ルールを徹底している在り方です。
「あれはダメ、これはイイ」
「これは間違い、あれが正しい」
世間の常識であるならば気を使うのは自分の制限や抑制、いわゆる自分の在り方を正すためになりますが、他者に対して気を使うと自己ルールの押し付けになる可能性があります。
例えば、デートの待ち合わせに3分遅れてきた彼女は、30分前から遅れるメールをしてくれた。
集合してからも、「遅れて本当にごめんね!」と謝罪し、遅れたことが気になって憂鬱、テンションが下がり、なんだか機嫌を取ってあげなければならない雰囲気。
この場合、「もう過ぎたことだから切り替えて楽しもう、ね」と相手に気を使う工程が一つ増えます。
これをめんどくさいと思うかどうかは人それぞれですが、問題は「3分遅れたらこうなるよ」と一切の気使いなく相手に表現し尽していること。
「3分遅れるっていうのは彼女にとってとんでもない悪事で、これだけダメだと思うんだ」と間接的に伝えており、相手は絶対に遅れてはならない制約で縛られます。
気を使いすぎることは相手を支配するための自己ルールの押し付けになりかねず、気を使われる度にルールを明確に伝えられているため、めんどくさいと思われます。
めんどくさい理由③:気を使うように強要している
気を使うことは相手に気を使わせる行為になりかねません。
上手に気遣う人は相手に気を使わせないようにしますが、なかなか難しいです。
例えば、ギフトをあげる際、お返しやお礼で気を使わせないようにあげるモノを選ぶ。
常識と相手側の認識を踏まえる必要があります。
気を使いすぎる人同士であればギフトをあげたら一生与え合い、もはや途中で戦いになる可能性すらあります。
日本昔ばかし風:『気を使いすぎる人同士のいざこざ』
「これ、つまらないものですが、お受け取りください」
「ありがとうございます。これはほんのお礼の気持ちですのでどうぞ」
「そうですか、大層なものを有難く頂戴します。ところでこちらもほんのお礼でして、」
「あらまぁ、そうですか、そしたらこれを」
「いやまぁ、こっちにはこれもあるんですよ」
「おいさ」
「どやさ」
「ペッタンペッタン、餅ペッタン」
ぼうや~よいこは~ねんねしな~
はい。
一方的な気の使いすぎは、相手側の認識や社会環境といった前提理解がなくなりやすく、気を使うことは相手にも気を使わせていると気づきにくくなります。
すると、気を使わるほどに相手はめんどくさい気持ちになります。
※優しいのにイライラする理由は、【謎の解明】いい人だけどイライラするのはなぜ?【特徴&心理&対処法】をどうぞ。
めんどくさい理由④:嘘と誤魔化の多用にうんざり
気使いとは『気』を使う行為。
重要なのはどう気を使っているかですが、気を使いすぎる人はトラブルやいざこざにも気を使って問題解決を図ろうとします。
例えば、飲食店でお客にハンバーグソースをベッチャーとぶっかけ。
「大変申し訳ありません」と誠心誠意謝罪してくれたら、お客も気が落ち着くかもしれません。
しかし、「も、もも、本当に申し訳ありません、ごめんなさい、あぁすいません、申し訳ありませーん」と謝りまくったら。
数うちゃ当たる、同じ言葉を何度も言うことでの刷り込み、謝罪の押し付け、相手が折れるまでの戦い。
相手のことではなく自分の気の荒れを抑えたい本音が露呈し、謝る行為を利用して自分を落ち着かせていたりなんなり。
問題解決に心や知性を使わず、気を使って何とかしようとする場合、物事を押し切って曖昧にすることでその場を凌ぐ在り方になりやすく、根本的な問題に着目せず同じことを繰り返す可能性が高まります。
なぁなぁにその場を済ませ、嫌なことと向き合わずに誤魔化す手法になり、とにかく嘘が増えて癖にもなります。
[嘘と誤魔化しの多用=気を使う行為]になりので気を使われても有難みがなく、「はいでた、自分のためだ、私は利用されている」と思え、めんどくさくなります。
めんどくさい理由⑤:相手側の認識を度外視
相手に喜んでもらえず、生産性がなく、価値がないと、気使いとは自我の主張になりかねない行為です。
例えば、気を使って我慢する場合。
「美味しいコーヒー豆ゲットしたんよ、スゴイんだよこれ、飲む?」
「いえいえ、そんな大切なものは飲めません、大丈夫です」
相手側の意思や意図を汲み取ると、「ぜひ飲みたい、コーヒー淹れて欲しい!」がベストアンサーかもしれません。
「うん、今淹れてあげるからね(飲んでほしかったんだよねぇ)」
相手のためではなく自分のためである場合、相手側の認識に寄り添う眼識がなく、自我を主張した自分の在り方への頑固や執着になりかねません。
自分のための気使いは自分を納得と安心させるためとなり、まるで演奏したいフルートを有無を言わさず聴かせている状況になり、めんどくさくなります。
めんどくさい理由⑥:これらが無意識
最後の理由となるのが、これまでお伝えしたものが全て無意識で無自覚であることです。
「悪意なく、良かれと思って、これは良いことのはずだ」
自己満足の演舞を一方的に見せる状態でありながら、相手のためだと思い込んだ働きがけになっている可能性があります。
一切の相互がなく、さらにそうだと気づかない気使いです。
認識とは、物事を理解する際の情報取得量、速度、質を見るバロメーターであり、本質を見抜き洞察する力の源です。
認識のない気使いは、いくらエネルギーを消費しても使い方が空回りしてしまいます。
物事に対する理解が乏しい状態、思い込みや自己ルールなど自分にしかわからない気の使い方になると、めんどくさいと思われる率が高まります。
※自己肯定感がめんどくさい理由になる詳細は、「なぜめんどくさい?」自己肯定感が低い人の解釈違いと最適化案 をどうぞ。
気を使いすぎる注意点&見直し
気を使いすぎると自分の世界しか見えなくなる
「自分の世界しか見えなくなる」ことに気づけなくなるのが気使いの注意点です。
気づけなくなるトラップがあり、余裕がないと気は上手く使えません。
心や精神に余裕がない場合、気を使う際に防衛意識や損害回避傾向が表れるのが自然です。
[余裕がない=エネルギー枯渇(スタック、循環がない)]
エネルギーがない状態でエネルギーを使えば、無理をすることになります。
すると私たち人間に起こるのが、思考停止です。
考える力がなくなり、適切な判断ができなくなります。
インドは人々の干渉と活力に圧倒される環境なので、エネルギーがないと直ぐに疲れ、イライラし、無理せざるを得ず、騙されやすくなります。
考える力がないと自己世界にこもり、自分ルールとの照合に忙しなくなり、周りを見ている余裕なんてありません。
※思考停止すると気使いは制限され、「今ここ」のない気使いになります。
現実とは今この瞬間にしか存在せず、自分と他者が関わり合う今のみにリアリティがあります。
エネルギー的に余裕がないと自然と自己世界にこもり、他に言われたことや過去に基づき、自分を守るためや嫌なことを味わわない未来のための働きがけになります。
防衛目的であればそもそも相手のためではないので相手を喜ばせる気使いにはならず、いつの間にか自分の世界しか見なくなりながら、それに気づけなくなるトラップです。
気を使いすぎる人との関わり方:「ニコッ」
気を使いすぎる人と関わる際、本人も周囲も疲れてしまうので気を使わないことが双方のためになります。
そこで、相手に余裕があるかないかに注意を払うと、気楽に関われます。
余裕がない場合、何も言わずに静かに相手の言動を見守り、ただ一つ黙ってニコッとしてあげましょう。
考える力が一時的になくなっている場合、こちらからのアプローチは全て干渉になってしまうので、余計に気を使ってあれこれ無用な働きが増えてしまいます。
そこでただ一つ。
関わり方は、ニコッ。
ニコッとしてあげると気を使う人は承認欲求が適度に満ち、攻撃性がないとわかり、防衛意識が緩まって楽になり、過激な気使いが減っていきます。
本人が気を使いたいから気を使っていると間接的に示すこともできるため、静かにニコッと相手の言動を見守るのが得策です。
※無視ではありません
例えば、友人と食事に行った際、メニュー表を見せるところから注文まで気を使ってやってくれる。
気を使われたら何も言わず相手にニコッとして終わり。
本当にこれだけですが、継続していくと関係性は気楽になっていきますので、ぜひ実践してみてください。
めんどくさいと思われないために
気を使うとは干渉であること。
この大前提を踏まえておくと、無意識に気を使うことを減らし、めんどくさがられたり疲れてしまうことを防げます。
気使いは使い方で価値が変わり、有益にも思いやりにも迷惑にもめんどうにもなる多様な変化を含むアイテムです。
自らのエネルギーを使って他者に発信する行為ですので、価値にするかどうかは如何に相手側の認識に近づき、寄り添い、理解できるか。
気使いとはするかしないかではなく、価値にできるかできないか。
常識に従って在り方を決めるのと、他者認識を高めて気を上手に使えるかどうかは別物です。
めんどくさいと思われる(または気を使うと変な空気になる)場合、気を上手に使えていないサインですので、今一度自らの在り方を見つめ直す機会になります。
常識を重んじて他者に迷惑をかけない気使いは、自分の在り方を調整し、正すことにフォーカスすると円滑。
相手に喜んでもらうための気使いは、相手側の認識に寄り添い、相手のために気を使うことにフォーカスすると円滑。
何のために気を使っているのか、ぜひご自身の答えを出してみてください。
※気が利きすぎる実情は、【実は同じ】気が利きすぎる人&気が利かない人の原因と改善 をどうぞ。
最後に:気を使いすぎる人がめんどくさい理由
気の使い方は難しいです。
上手に使うためには何度も失敗する経験が必要です。
気使い上手の人と一緒にいるとほわっと落ち着き、心安らかな気持ちになります。
この場合、気使いはほんのちょっと、些細な事だったりします。
これを社会的価値にしたのが、ホスピタリティ。
旅館の玄関に囲炉裏がある、もうこれだけでいい。
気使いには常に目的が要ります。
目的が使い方を磨き、作用を促します。
最終的には心遣いに進化し、目的なく無意識でも価値になりますが、その手前の気使いは目的を持って正しさを把握し、学び、修正し、改善して、向上していきます。
今一度気使いを見つめ直す機会となれば幸いです。
ありがとうございました。
『心理とスピリチュアルの学び場』
誰しもに人生を変える機会と選択があると信じています。著名な心理セラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生プロデュース。
PR:株式会社Central&Mission
※これは長期的に本気で変わりたい方専用です。
北斗さんの深い洞察力と認識には、
いつも学ばさせていただいてます。
この10数年、私が悩んできたのが、まさにこれでした。
ある人の「認識のない気づかい」に気づくまで、
自分が病む一歩手前まで行きました。
でも、この人がいたからこそ、
自分や他人の心の深い部分にフォーカスすることを知り、日々多くの気づきを得られるようになりました。
おかげで、最近はステージがだいぶ変わったようで、ごく近くにいるにも関わらず、ほとんど関わることがなくなりました(笑)
相手の問題(認識のない気づかい)に関わることを選んでいたのは、実は自分だったと気づいた時の衝撃が、
今も私を前進させる原動力になっています。
興味深い記事、ありがとうございました!
青空さん、こちらこそいつもありがとうございます♪
気づいた衝撃を大切にされているの、素敵です。
悩んだ分、進む材料をたくさん得られてくださいね。