スピリチュアル

なぜだか人から物をもらうことの仕組み│ギフトの秘密はちょっと神秘

なぜだか他の人以上に物をもらう人がいます。

物事の大小入り混じり、小さな飴玉から家まで、何だかいろいろともらう。

そこには秘密があったりします。

何かしらもらうからには必ず理由があり、意味があり、「この人にあげたい」と思う動機があります。

そこには愛があり、感謝があり、優しさや心配りがあり。

さらに我欲があり、エゴがあり、他者利用があり、支配欲、顕示欲、企みがあります。

同時にスピリチュアルな理解があります。

ここでは、「何だか人から物をもらうんです」という方に向けて、その理由にあるちょっとした神秘の話を、心理とスピリチュアルの両側面からお伝えします。

理解に道筋のある理由と、道筋のない理由の二つがありますので、少し変わった話を含めてご覧ください。

人から物をもらう

人から物をもらう人の特徴

同じようにしていても、「自分だけもらう」、または「私だけ量多くない?」と思う状態を幾度と経験しているかもしれません。

何だか物が引き寄せられるように。

物をもらう場合には、渡して・もらっての相互交流があります。言い方を変えると、等価交換です。

そこには、恩や徳、義理や体裁、規範や義務、利用や活用があります。

「もらったからお返ししてあげたい」と思えば、
「もらったからお返ししなければ」と思う人も、
「渡せばもらえる」と企む人もいれば、
「処理してもらえてこちらも相手も喜ぶ」と認識する人も、

これらの概念には、明確な物体の流れがあり、自らの納得を基にした価値の使い方があります。

人の相互交流であるためにいくつかの特徴が見られるので、一覧をご覧ください。

人から物をもらう人の特徴
  1. 普段から与える(物だけでなく気持ちや価値や利益)
  2. 感謝にて人を喜ばせることができる
  3. 自己表現にて人を喜ばせる力を持つ
  4. 利用されやすく、なめられている
  5. 自信や自尊がなく、自己評価が低い
  6. 他とのコネクションが強く、価値のある人間性や才能がある

特徴を見ていただくと、人によって良いも悪いも両極端にあります。

大きく大別すると、人から物をもらうことには、二つの理由が考えられます。

  • 一つは、「この人に喜んでもらいたい」と思われている
  • 一つは、「この人を利用して利益を得よう」と使われている

これらには、明らかな物をもらう理由となる心理や行動があります。

詳しく見ていきます。

 

人から物をもらうことの心理

人から物をもらう際には良いも悪いも関係なく、相互交流が起きます。

どれだけ嫌な物でも、もらった時点で承諾しているため、お互いの合致が行為として成立するため、人から物をもらうことは、相手と自分のお互いの心理が混ざり合います。

心理には、お互いの利益になったポジティブな表れと、一方的な利益になったネガティブな表れがあります。

  • ポジティブな状態となるのは、物をもらう時に相手から、「この人に喜んでもらいたい」と認識される場合
  • ネガティブな状態となるのは、物をもらう時に相手から、「この人を利用して利益を得よう」と使われる場合

まずは、ポジティブな方からいきましょう。

 

人から物をもらうポジティブな心理

相互理解をしたいと思える関わりの、“物を与え、物をもらう行為”です。

「この人に喜んでもらいたい」と思われる理由によって、人から物をもらいます。

この心理の表れとして考えられることは、

  • 「普段から与える」
  • 「感謝にて人を喜ばせることができる」
  • 「自己表現にて人を喜ばせることができる」

実際には、これら三つは全て同じことを言っています。

人から物をもらう人は、他者に“利益”を与えています。

※利益とは人それぞれの納得や満足、または恐怖や苦痛のなさ

人から物をもらう人は、物質的に利益を与えて人を喜ばせるに限らず、見えない所でも気持ちや価値を与え、嬉しさを引き出し、気づきを与え、見出す機会を伝え、さらに恐怖のない様を与え、苦痛の対処法を教え。

あらゆる日常的な行為、言動の中に利益を与える動きがあり、人に何かしら与えていたりします。

無意識であり、才能として、自覚なくとも他者に利益を与える人間性があります。

例えば、子供の時に友達4人と遊んでいて、おばあちゃんが飴玉をみんなにくれました。そこで、飴玉が一つ残ったのでおばあちゃんはあなたに多くあげました。

理由は、あなたが一番嬉しそうにしていたから=おばあちゃんを一番喜ばせたからというものです。

存在するだけで他者に利益を与える才能や人間性には、心理としてあることがわかります。

人を敬う(または排他しない)。

人とは自分も含めます。自然と自らを大切にし、さらに他者への配慮や心配りが沁み付くように行動に表れます。

すると、物をもらうように起きる恩恵が他にもあったりします。

人から助けられることが多い。

何かと得をするのは、人を大切に認識する人間性の表れとして、理由と意味があったりします。

※物をもらうことと似ている話しは、助けてもらえる人の特徴に秘密あり│助けられない人との理解の違いがある をご覧ください。

 

人から物をもらうネガティブな心理

片や、ネガティブな心理もあります。

この場合、相互交流は一方的なものとなりがちで、「この人を利用して利益を得よう」と使われている可能性があります。

この心理の表れとして考えられるのが、

  • 「利用されやすい、なめられやすい」
  • 「自信や自尊がなく、自己評価が低い」

これらは、他者から“物をあげる”という行為にて利用されている状態です。

誕生日プレゼントで何かあげるのは、自分の誕生日に必ずもらえるようにするための布石。

要らないものを処理してもらうため、自らを責めず、勿体ないことをしたと不納得にならない工作。

「お歳暮あげましたよ」と自らが追われる立場にならない恐怖回避となり、世間体に準じて他の目や反応からの安泰取得。

自己満足を高め、自己肯定するために、「あなたにはこれだけの物をあ・げ・る」と押し付ける我欲の解消、支配欲、顕示欲。

これらには、「利用価値がある」と判断された前提があるため、能力や才能を認められている意味でもあります。

人から物をもらう側にとってのネガティブな心理ではないのですが、一方的に与えられたり、押し付けるように物をグイグイするようなことが起き、嬉しくもなく、物だけ増え、ただの迷惑にもなりかねません。

何よりネガティブな心理であるのは、物を与える側にとってでして、相互交流を逸脱した人と人の関わりによって、自らのために他者を利用する敬いの人間味と離れる行為の反復があり、物を与えれば与えるほどに人を利用する才能を高めるかの如く突き進みます。

言い方を変えると、我欲の解消行為に目がくらみ、自らを見失い、己で己を認識できないことに気付かず、暗闇に邁進する可能性有。

ここで一つ確認しておきたい注意点があります。

一方的であっても物を与える側ともらう側の合致による相互交流ですので、物をもらうことには責任があります。

ネガティブな心理を持った人から物をもらうと、少し面倒が起き得ます。

 

利用概念として物をもらう時には断りも大切

物を与える側がいて、もらう側がいます。

ネガティブな心理では一方通行になりますが、物をもらう場合には一方通行の承諾を意味します。

わかりにくいかもしれませんが、イメージとしてはテーブルの下、見えないところで契約がお互いに交わされるような感じ。

「私はこの高級菓子をあなたにあげますので、私の利益を見出すために利用させてください」
「それでは私はそれに我慢しますので、この高級菓子をいただき、堪能します」

利用されるので良い思いはしません。なにより精神的にエネルギーを削られ、心地良くはないです。

さらに、そういった人間のエネルギーにまとわれた物をもらうので、食べ物であればそれを体内に入れる、置物であれば一生家に置いておくという覚悟が必要になったりします。

他者から物をもらうことの受け入れには必ず責任があり、怖い人形なんかもらったら大変ですので、利用概念として物をもらう時には断りも大切です。

 

人から物をもらう スピリチュアル

ここから話はぶっ飛びます。

楽しいおとぎ話に入りますので、読み進るかどうかの見極めをおすすめします。

人から物をもらうスピリチュアルな意味

物をもらうことは、“始まり”や“きっかけ”を意味します。

これは、一番初めの物を与えるという動作に対する動き出しでして、もらうことで次へと進みます。

「タダより高いものはない」と昔の人は言いましたが、もらう行為には利害や徳と言った損得や、因果応報、恩の売り買いがあることで、過去と未来の概念を含めます。

すると起きるのは、物をもらうことでの責任として、物の価値、与える人の気持ち、波動、思惑を全て受け取ります。

いわば、相手の賭け話に乗ったと。

言い方を変えると、物をもらったら物事の始まりですよ、終わりではありませんよと。

物事は始まれば流れていき、起きるのは“循環”です。

すると、物を与えた人に物事は返ってくる=物事を生み出した親の元に帰ってくるのが自然の摂理です。

そのため、物を与える人は物事を流す人、いわば主導権を握る人です。

これが派生して道を逸脱すると、ネガティブな心理のように、自らの利益を得るために利用する(主導権を握りたがる)ために物を与えることも起きます。

どちらにしろ物事を流した始まりの人がいて、物をもらう側はそれを流すのが責任になり、「饅頭もらったから食べました、はい終わり」とはいかなかったりします。

それをスピリチュアル的に言うと、カルマ、因果応報と言います。

 

人から物をもらうカルマ

始まりは物を与える側からなので、物をもらう側は流さなければ循環を止めてしまい、滞留を作り、行為の終焉を作ります。

すると、物をもらった意味がなされず、他者の循環も止めてしまい、責任としてカルマの悪行を積みます(これは責任を負うのではなく、自らの責任を持つ意味)。

「そんなの知らんよ~もう」という感じですが、そういった意味でもタダより高いものはないという理解の意味が通ります。もちろん違う解釈もありますが。

ここでわかるのは、なぜだか人から物をもらうことが多い人は、物事の循環の始まり。または循環を止めない繋ぎをする人。

循環を止めない人は必ずお返しをします。それは物だけでなく感謝や自己表現の気持ちや想いでもあるお返し。

循環には良い悪いの概念はなく、利用概念として物を与える人でも、同じように人を利用するために物を与え続ける循環が起きれば、それに準じた波動やエネルギーを蓄えた物が循環されて巡りまわります。

※カルマの詳細は、カルマとは?意味は真理を教える|始まりと終わりを作るスピリチュアル をご覧ください。

 

人から物をもらうことは循環

物をもらうことは循環の過程、または自らに戻ってきた状態を意味します。

無意識に他者に気持ちや利益を与え、いつの間にか循環を作り、その過程で自らに循環が戻ってきます。

同時に、他者が作った循環でもお返しや優しさや心配りとして、物をもらうことの次の動きを作り、循環を止めないことで物が巡るように人と人の関わりがスムースに作られます。

このように物をもらうとは循環作用の賜物であるため、自らの循環に意識する人は人から物をもらいますし、何かと物が入ってくることが起きたりします。

わかりやすい例が、お金や自分です。

お金を使うとは循環のまさに始め。どこにお金を使い、それがどのように巡り、自らに戻ってくるか。

吐き出しと受け入れを意識すると、お金は巡るように入ってきたりします。

同時に、自分の能力や才能、労力や行為を使うことでの循環を意識すると、その対価や見返りが巡るように入ってきます。

と言っても、循環を意識することは流れの先が見えなければわかりにくいものです。そこで、見えやすくなるのが“自己投資”の使い方。

自らに投資するようにお金や自分を使うと、循環を意識しやすくなります。

循環や流れの意識が舞い込む仕組みとなり、何だか物をもらう、拾う、懸賞に当たる、降ってくる、なんてことが本当に起きたりします。

私はこれらの認識を全く知りませんでしたが、幼少期から何だか物をもらうことが多く、どこにいても知らない人からでも物をたくさん頂くので、「なんかあやしいな」と思い始め、こういった洞察を始めました。

そして、仕舞には家をもらい、それも一軒に留まらないことから、こういった理解をしている次第です。

と私のことはどうでもいいですが、循環の意識には物をもらったり、舞い込んでくる理解があり、もらうのではなく流れてくるというニュアンスがちょうどいい表現かなと思います。

 

人から物をもらう人の超スピリチュアルな話

最後におとぎ話をして終了します。

人から物をもらう人にはスピリチュアル概念として、物に対する認識の違いとして、ある価値観があったりします。

人から物をもらう人は感謝や自己表現をし、物事の循環を作る始まりとなったり、循環を流します。

ですが、感謝や自己表現をにせずとも、舞い込むように物をもらう人もいます。

とんだスピリチュアルですが、ある価値観とは、物が生きていると思うことです。

ちょっと言い方を大げさにし過ぎました、物を大切にする人です。

物を大切にする人は、人から物をもらうことが多い。

物を大切にする人は、物がまるで生きているように、まるで人と同じように敬って扱う傾向があると思います。中には物に話しかける人も。

これが大事でして、物は生きています。

正確には、自らの波動(エネルギー)に敬いを含めて注ぎ込むことで、物には波動が携わります。

すると、物は物を呼びます。お金はお金を呼び、気持ちは気持ちを呼びます。

これを波動の同調作用とも、引き寄せとも言いますが、これを理解すると本当に物は生きていると感じるのも自然かなと思ったり思わなかったり。

ぬいぐるみが多くて大切にしていれば、ぬいぐるみが増えたりします。

まるで傘地蔵の恩返し。

お地蔵さんが米俵を玄関に置いていくジャパニーズサンタ的なことはしませんが、物を大切にする波動によって、感謝を人にせずともにします。

すると、物を介して感謝の波動が周囲に伝わり、物にも人にも伝わり、物が舞い込み、人が舞い込み、物をもらいやすい人間味が見えない領域で溢れるように物を引き寄せます。

実は夜な夜な、トイストーリーってな話。違うか。

 

人から物をもらう スピリチュアル まとめ

何かと物をもらう人は不思議に思うかもしれませんが、そこには見えないながらも理由や意味があります。

私達は生きている時のほとんどの活動を潜在意識でしていますので、自覚できることはほんの一部です。

一般的には全体の10%以下しか自覚していないと言われるほどです。

そのため、無自覚の領域では意識できないながらも確実な人間性として、さまざまなことが常に表れ、起き、動いています。

その一つに感謝や自己表現、気持ちや在り方から、いつのまにか利益を他者に与え、無意識での相互交流がなされ、「この人にお返しをしたい」という気持ちで物を与える動機が生まれます。

人から物をもらう人は、物ではない何か、それは利益を与えていたりします。

同時に、物を大事にすることでの感謝や敬いの波動があり、さらに物事の循環を意識して自らの責任を持つ在り方から、循環の巡りと戻りにて物やら気持ちやら利益やら何やらと、何だかたくさん溢れ、嬉しいサプライズ的なラッキーがあったりします。

結局、自分の在り方や心理の表れが物を言うのかなと思います。

物事には全て意味があります。

見えない+無自覚というだけで、確実な心理や物事の道筋があり、スピリチュアル的な楽しくて謎だらけの道筋もあります。

ですが明確にわかるのは、この世は自らが創造していることであり、自らが全ての主体であり主観。

何をどう感じ、どう考え、どう想い、どう意識し、どう認識し、そしてどう創るか。

人生は楽しくてラッキーだと、良い感じのサプライズプレゼントが舞い込む~。

物を与えて、もらって、人と人の関わりを作る、始めの人は常に循環の創始者であり、物を舞い込む責任者。

人から物をもらうのは自然な結果であり、お返しかもしれませんね。

素敵な人間性を今後も持ち、より与え、よりもらいを循環させる一助となれば幸いです。

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POSTED COMMENT

  1. まな より:

    もらうというのは2種類あること、その仕組みの解説がとてもわかりやすく、周囲で物をよくもらう人と今の自分の身に起きている「最近色んなものを毎日のようにもらう」という現象が腑に落ちました。
    それと同時に、「この感覚で良かったんだ!」とこれまでを振り返り安心しました(*^^*)
    そして、物も生きていると知り、日々沢山の物に助けられて生活をしているので有難い気持ちになり涙が滲み出てきました。
    素敵な記事を書いてくださりありがとうございます!この記事に出会えて良かったです(*^^*)

    • 北斗 より:

      有難いと想えるということは、きっとどこかで無意識でも知っていたのでしょうね。
      素敵です。

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