人生哲学

【孤独が辛い時のルール見直し】孤独ほど幸せなものはないかもしれない

「今日は橋の下で哀愁の寒気と一緒に寝ようかな」
「あぁ無理、怖い、辛い、寂しい、耐えられない」

ひとりとは寂しいもの、耐えられる人もいれば耐えられない人もおり、好きな人もいれば辛くなる人もいます。

すると気になるのが、「孤独って一体なんなの?」

そこで、孤独を深掘りするために、辛さ(つらさ)との関係性を紐解きます。

  • どうして孤独は辛いの?
  • 孤独に耐えられないのはなぜ?
  • 辛い価値観を変えるためには?

これらを紐解き、「孤独とは幻想パズルを埋めていく遊びなんだ」と知っていただく内容となっております。

孤独のリアルは壮大な世界への入り口を示し、自分次第で辛さと豊かさを作っていることがわかります。

現状は辛いものだとしても豊かさに変えられるので、認識をプラスに変換していきましょう。

そのためのご参考になれば幸いです。

孤独が辛い、耐えられないのはなぜ?

孤独が辛い理由

「良いもの悪いもの?触らぬ神に祟りなし?」

孤独とは辛くて寂しくて苦しくて、耐え難く虚しいぼっち・ニッチ・窮地。

周囲に人がいるほどに感じやすい孤独感。他者からの共感も同情もない時、複数に囲まれながら自分だけ孤立する、孤島ができます。

周りの島が大きければ大きいほど、孤立している認知が高まり、孤独感が強まります。

この時、「わぁ、解放!重荷が一気にポンッと取れた!」という島がある。

「やっとみんなと同じように孤島になったよ、よかったぁ」と周囲に同じ孤島が多いから喜ぶ島もある。

しかし、周囲が集団結束島、もはや大陸であり、さらに囲まれていると、「なにこれ、私だけ違う、ひとり、ポツン、シュン」と辛くなります。

孤独とは一体なんなのかわかりにくいものですが、言葉としては非常にシンプル。

他と繋がりを認識できない状態」です。

どれだけ周囲に人がいようと、繋がりがないと辛くなり、寂しくなり、苦しくなり、耐えられなくなるのが自然です。

この辛さ、確認したいのは自他両方の接地面がないこと。

他者との人間関係を図る私達は、何かしら他との繋がりを認識して生きています。

学校の教室、周囲が関わらないだけでなく、自らも関わらなくなった時、繋がりは消えます。

職場のチーム、周囲が興味を持たないだけでなく、自らも興味を示さないことで繋がりが消えます。

繋がりがなくなるから辛くなる。この根底には、相手からの興味関心がないだけでなく、自分からの興味関心がない心理が潜みます

 

「自分のみの世界」は辛くて寂しい

【Loneliness,Solitude,Alone,Solo】

ひとりを表す言葉は英語に複数あり、Lonelinessが辛い孤独に該当し、消極的孤独とも言われます。

Lonelinessの特徴は受動的に起きた結果、気づけば他との繋がりがない、という状態です。

積極的に孤立したり、あえてひとりを好んだり、ソロ活に意味を見出して目的を持つのではなく、ひとりになりたいと思っていないのになってしまうと辛くなります

友達だと思っていたのに、繋がっていると思っていたのに、そうではなかった。

コミュニティの一員だと思っていたのに、自分の言葉を理解してくれていると思っていたのに、違った。

思い込みや決め付け、勘違い、現実を捉えていなかった、相手のことをしっかり見ていなかったなど、実際には繋がりがなかった場合、孤独になった時に辛くて寂しくなります。

あらゆる元凶となる繋がり有無は、繋がりを作るために他をしっかり見ているか否かであり、必ず能動的な関わり合いを求め、作る行動があります。

さらに、一方的に求めるのではなく相手のことを鑑みて関わり、お互いに作り合うことで繋がりが太くなります。

他と繋がるための働きかけがないと、「独り=他との繋がりがない自分のみの世界」が見えます。

「自分のみの世界」を見ると辛く、虚しくなるのは、私達人間のさがかもしれません。

 

「自分のみの世界へようこそ」にはならない

この世界、どこにも存在しません。

私達は誰一人自分だけで生きている人は存在せず、1ミクロの可愛かった細胞は、食べ物、栄養素、エネルギーを摂取してここまで大きくなりました。

2ミクロの微笑ましかった脳は、親の遺伝子、他者の価値観や躾、社会の常識やルールをインプットしてここまで太りました。

ほぼ全て“他で構成される自分”という存在。

一息する空気すら地球の自然から供給してもらい、依存しなければなりません。

必ず自分以外の他との組み合わせ、繋がりによって構成されている身分。自分のみの世界は存在しないため、認識しようとした時に絶望的な無を知ることになります。

自分とは何者でもなく、何もない無、空、虚。

存在すらしないのではと思える幻想、妄想、空想世界の投影ゲーム。現実とは一体何なのか全くわからなくなり、今までの過去とは、リアルとは、考えても答えがない時空、無。

「無ではない、空ではない、虚ではない」と思っている、思いたいと、現実を目の当たりにした時に喪失感と欠乏感を抱き、期待していものが裏返り、反動もひとしおです。

他との繋がりがない自分のみの世界は、見ようとすればするほど辛く、寂しく、虚しくなります。

自分のみの世界とは、何もない自分の自覚、無を実感する世界

これが辛い孤独だと考えます。

※辛い孤独感の紐解きは、誰にも理解されないなんて最高│辛い孤独感の真相に自分らしさ をどうぞ。

 

孤独に耐えられない人と好きな人の違い

上述の写真を見た時、「ププー、炭火を見ているこの人、ホクロの形が炭!ブヒャーヒャッヒャ!」となる人。

極端な例ですが、これが孤独を好む、または愛する人です。

ポジティブという意味ではなく、人を馬鹿にするわけでもなく、自分の捉え方を持ちながら他をしっかり認識しようとするさま

他を見ているから自分なりの捉え方ができ、他を見ていないと脳内に刷り込まれた価値観によって、思い込みの不安や恐怖が出てくる。

孤独に耐えられない人と好きな人の違いは、自分がいないと知っているか否かです。

自分は何者でもない、完璧ではない、未熟であり、不完全であり、未完成の生物である自覚は、[自分=自分+他]によって作られていると知っている意味です。

[自分=自分のみ]で作られたと思う場合は思い込みになるため、自己正当化の心理ができ、見栄が作られ、承認欲求が膨らみ、他との比較意識が激しくなり、より自分という何かがあると思いたくなります。

「自分とはこの自分である、こういう肩書きであり、こういう立場のものだ、これが私なんだ」と何者かとして存在させると、孤独になった時に辛くなり、耐えられなくなります。

自分を何者かにするために社会的善悪正否ルールに従い、自らではなく社会性という大きなバックアップに正当化してもらう欺瞞(ぎまん)を用る場合もあり、同様に孤独になった時に辛く、耐えられなくなります。

孤独に対する向き合いではなく、他に対する着眼有無がポイントです。

  • 孤独に耐えられない人は、他への着眼が少ない
    …自分にフォーカスが強すぎる
  • 孤独が好きな人は、他への着眼が多い

このことからわかるのは、孤独とは独りになることですが、他との繋がりをなくすか否かは本人次第であることです。

孤独を好む人は辛い孤独を味わっているのではなく、ひとりになることで“他”への着眼を強め、他との繋がりを深めている。そんな理解が浮上します。

ここに孤独のルールを変える価値観がありますので、考え方の見直しに入りましょう。

※孤独と向き合うことでの辛さは、孤独と向き合うと見える何か│ひとりぼっちの先に恐怖と愛と自分 をどうぞ。

 

「孤独は辛い」というルールの見直し

孤独が好きな人ほど他に注目する

孤独を辛く感じることは、自分がないという真理を知っている人、と捉えられるかもしれません。

しかし、「自分がないなんて嫌だ」と拒否したい気持ちが、孤独そのものを辛いものに変換します

大きな重りとなるのが、「孤独とは悪いもの、嫌で、あるべきではない」という価値観です。

  • ひとりぼっちでかわいそう
  • 一人でご飯食べて、寂しい
  • 独身は辛くて、虚しいものだ
  • 独り身の休日、家にこもるなんて暗い
  • 孤独のソロキャンプ、友達がいないんだ

これらは全て、他への着眼がない認識です。

自分のことのみを見て他を捉えない場合、見ているのは頭にインプットされた他(人や常識や社会性など)からの情報になりながら、その自覚がなくなります。

実際に孤独を味わい、喜び、謳歌する人は、ひとりでありながら他との繋がりが強く、辛さとは全く違う世界、それは自分のみの世界ではなく、他と関わり合った世界観を色濃くしています

孤独を好む人ほど自分の世界に入るように思えますが、実際には“他”を見て、感じて、考えて、想うための邪魔や抵抗をなくす状態に入ります。

他をしっかり捉えるからこそ、一人焼肉でお店の雰囲気を味わい、店員さん一人一人の活気を感じ、ハラミを堪能するために五感をフルに使い、集中します。

[ハラミ(他)+自]によって構成される自分。ハラミを堪能するさま、在り方、時空そのものに、「私がある」というこの世の仕組み。

このハラミが自分を存在させてくれる、そんな時と場を楽しむのが、他に注目する孤独。

こんなことを言い始めるので、孤独やひとり好きな人は奇妙に思われることもありますが、他を含めて初めて存在する自分の理解機会そのものが、孤独です

捉え方を変えるだけで、辛さではなく他を知る機会になり、他の認識によって自己理解が深まり、能力や才能を開花し、高め、成長し、人生とは何たるかを楽しみます。

同じ「孤独」とは言い表せない別物ですので、価値観を見直す大切さがあります。

孤独を辛くするか否かは、他との繋がり(他に着眼する能動的な働きかけ)有無で分かれます。

新しくアップデートしたい価値観は、「孤独とは他を認識するための機会作り」です。

※ひとり好きのおかしさは、【ひとりが好きっておかしい?!】お一人さんの陰陽にメリット&デメリット をどうぞ。

 

「孤独=他との関わり」

「ひとりであるにもかかわらず、他との関わりが増える」とは不思議なものです。

“他との関わり”とは、直接的なコンタクト、触れ合い、通じ合いだけではありません。

孤独によってもたらされる関わりは、他者認識です。
他者認識とは、他者(他)を自分側、他者側から捉えること

孤独は、自分なりにしか物事を捉えられない私達人間のリアリティを明確にしてくれます。

目の前の黄色のようなオレンジ色のようなパンプキンケーキを見ても、食べても、嗅いでも、触っても、聞いても、本人の認知は本人にしかわからず、同じ色を見ていても人それぞれにどう見えているかが千差万別です。

これを理解するために言語やジェスチャーを用いますが、「それらしい」はわかっても、本人のリアルは本人にしかわからず、テレパシー能力が欲しいところです。

そのため、自分を明確にしてしっかり相手を見て、感じて、考えることで、「それらしいリアル」に近づく努力ができ、他者認識を高められます。

孤独によって自分のみの状況や状態が増えると、自らの感受や知覚の邪魔がないのでクリア。その上で他者をしっかり捉える機会となるので、本当の意味で相手を知り、考え、想うことができます。

孤独を好む人はひとりでの時間は多いですが、他を理解するための関わり方ができる人であり、実際に関わると真に敬い思いやることができ、相手のために苦言を呈し、相手のために褒めます。

相手そのものをしっかり認識し、できるだけ相手のそのままを理解するために孤独があります

 

辛さを豊かさに変える価値観

孤独を堪能する際に大切なのは、“他”をどれほど自分という存在に含めているかです。

重要点は、“他”とは人に限っていないことです。

他との関わりを真に深められるのは、人でなくとも動物や虫、植物や菌、風や雲、水に火、地球に宇宙など、あらゆる共存種が対象です。

「人間はこの世の頂点に存在する」

こんなものはポイッ。

「あらゆる他との関わりによって自分が存在している」
これが孤独の価値観です。

孤独の大切な点は、「愛する人と一緒にいる、仲睦まじい幸せがある」という素晴らしい価値観に縛られないことです。

良いものは良い。重要なのは、「良いから何?」という先です。

「良い悪い、正しい間違っている、善悪、好き嫌い、明るい暗い、楽しい寂しい、気楽辛い」

「だからなに?」の答えが、孤独にあります。

人と関わらずとも私達はあらゆる他と関わり合っており、見えにくい現実は見えにくいだけで目の前にしっかり存在しています。

「見たいものだけを見る」という制限世界に自由はありません。縛りの上での幸福とは一体何なのか、現実の歪みを楽しむ光景かもしれません。

「それはそれで楽しい、さぁその先に何がある?」

 

孤独ほど幸せなものはないかもしれない

私の理解では、孤独ほど幸せなものはありません。

アラスカの森にて、孤独に60日間過ごした時ほど幸せだったことはありません。
※詳細は、幸せはムニュムニュムニュをどうぞ。

ひとりだからこそ自然を味わい、蚊の痛みを楽しみ、はえの怖ろしさを体験し、ムース親子の強さを目の当たりにし、熊の脅威を堪能し、食べるを知り、おいしいを捉え、ありがとうを学び、過去の記憶にある大切な人の気持ちを体感する。

全て他との関わりでした

あらゆる現実を全力で味わう時と場、他を知ることで自分が存在し、生きることそのものの豊かさが孤独の中にあります。

「呼吸できることがありがたい」と忘れていたことに気づくのではなく、「ここに空気があるんだ」と他と関わる現実認知。

孤独は辛さの元凶ではなく、豊かさの原基です。

※孤独を楽しむ方法は、【孤独を楽しむとは人生を喜ぶこと】孤独を楽しめる人の特徴と方法 をどうぞ。

 

注意点:孤独の向き不向き

孤独とは現実との向き合いであり、あらゆる真実を知るための他との関わり、それによってもたらされる自分の明確化、と知っていただきました。

大切なものですが、「それじゃあ孤独になりましょう」とはなりません。

なぜならば、孤独とは自由でもあるためです。

自由とは縛りのない中で、自ら世界を作る遊びを意味しますが、実際に自由が目の前にもたらされると恐怖に苛まれる辛いものです。

「幸せになりたいか、安心したいか」の違いがあるように、幸せ以上に安心感が必要な人は多いと思います。

社会的安泰、生活の安定、経済的不安定の解消、自然災害の未発生など、安心感を得ることの重きは膨大です。

孤独には向き不向きがあり、誰しもに重要なものではないと考えられます。

砂漠の牢屋から解放されたいけれども、その先にあるのは熱狂的な砂の地平線。自由とは創造であるため、そこで能動的に何を作り始めるか。

作りたい人は自由、孤独が向いている人。

作りたい訳ではない人は、孤独になることが苦行になりかねません。

向いていないのにわざわざ孤独を好むことはできませんし、好む必要は皆無。

重要なのは価値観による縛りを解き、辛い孤独感を味わう時、他との繋がり作りへ向かうことです。

孤独は他との不調和を教える合図になり、辛さは歯車が合っていないことを表します。

もしかすると他と繋がるための能動的な関わりをしていなかった、相互交流のない関係性だったかもしれません。

より他の認識を理解できるように関わり方を変えると、孤独ではなく共存が深まります。

孤独には向き不向きがあります。

必要ない方は孤独をサインと捉え、共存するための調和や協調へ向かうことが大切です。

※孤独感のサインは、【孤独感の洞察結果】誰といても孤独を感じる原因に心理とスピリチュアル をどうぞ。

 

孤独が辛い時 まとめ

孤独って一体。

自由であり、現実であり、他との関わりであり、自分の理解であり。

辛くもあり、豊かでもある。

不思議なのは、孤独そのものの中身がないからかもしれません。

中身を入れるのは常に自分自身。その自分とは他を含めているため、答えは自他の関わりにあります。

「結局人間関係が大事であり、人との関わり合いに幸福がある」と言う捉え方ができ、デンマークにある幸福研究所の発表では、「人間関係と幸福が密接に関わる」と示します。

しかし、孤独を豊かにすることで深まる理解は、私達の中には孤独に向く人がおり、ひとりだからこそ人間に限らない他との関わりを深められ、社会の価値観や常識に収まらず一切縛りのない世界を堪能できること。

クワガタが畳の上を歩くさま、なんとも愛おしい気持ちになるのはなぜでしょう。

心地良いそよ風に当たると、「この豊かさのまま消えてもいい」と本気で思うのはなぜでしょう。

海の底に向かう時、自分という無が水と同化していき、恐怖の中に安らぎを感じるのはなぜでしょう。

ひとりだからこそ味わえる体験は、木があらゆるものを受け入れている現実を知り、植物が陽気に夜な夜な踊っていることを体感し、この世の裸を見ます。

良いも悪いも、何も飾らないそのままの姿を知りたい時、孤独は比類なく重宝されます。

どこまでも広い現実。冒険家、探究家、物事の真意と理解を深めたい方は、孤独の価値観を変えてみてください。

その先にあるのは、自由と向き合う無。

価値観を広げる一つの考え方となれば幸いです。

それでは、孤独が辛い時のルール改定のお話を終了します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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POSTED COMMENT

  1. ゆき より:

    いまについて、或いは孤独について…。こんなに上手く表現する事は普通は出来ないのですが…。
    驚きました!

    何で人は生きて死んでいくのか
    幼い頃から疑問でずっと考えていたとき、不思議なものを自分の内側に見てしまった。私はこの世でたった1人しかいなく…って言う事を深い意識で見てしまった、今から24年前、26歳の時でした。

    それ以来精神錯乱状態になり、24年かけ今に至る方法を模索してきました

    いま、私は起業して超現実主義になっていて本当の意味で誰とこれから付き合い、どうして生きていくのか自分の選択で生きている事を実感しています

    何故、あなたのhpにたどり着いたのか…。
    何となく自分でわかっている事をこんなに明確に言葉で表して頂き感謝しています。

    言葉になりません。
    感謝、感謝

    野坂幸彦

    • 北斗 より:

      野坂さん、感謝が伝わってきます。
      嬉しい限り、読んでいただきありがとうございます。

      よき孤独を堪能されてください。

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