方法

【厳しさに愛の放任】気が強い人の育ち&メンタル強弱の分かれ道

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気性の粗さ、筋の通った芯。

まるで江戸っ子と言わんばかりの気の強さは、カッと沸き上がる1分ケトル。

血気盛んな喧嘩っ早さ、一貫性のある芯の強さ、周囲に気をまき散らす迷惑にもなります。

同じ言葉で『気が強い』と言っても中身は一変。

そんな違いを作る過程には、育ちという重要環境が潜みます。

ここでは、気が強い人の詳細を深掘りするために、育ちに迫ります。

  • 気が強い人の育ちを知りたい
  • 気が強くてメンタルが強い人もいれば、弱い人もいる理由を知りたい

気の強さは、生まれ持った先天的な気質と、育ちによる後天的な気の使い方の組み合わせ。

育つ環境は人間創作の重点となりますので、人間の構造理解を深める一つの考え方になれば幸いです。

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気が強い人の育ち方

気が強い人のタイプ

「気が強い人」と聞くと、人それぞれに印象が対極すると思います。

  1. 気性が荒く、主義主張が激しく、果敢に攻める
    ⇒関わるとめんどくさい、疲れる印象が多い
  2. 芯が強く、普段は穏やか、要所で一貫性を持つ
    ⇒関わると心強く、安心できる強さを感じる

両者は、『気を発する強さ』なのか、『精神的強さ』かの違いがあります

気が強い人のタイプ
  1. 気を発する強さ
    …納得できないと騒ぎ立て、周囲を恐れさせる
  2. 精神的強さ
    …ブレない軸があるために落ち着いており、穏やか

両者は、同じ言葉で言い表すのは不可能なほどに違います。

違いはメンタルや精神力であり、後天的な自己意志と成長行動の有無や度合いが大きく関与します。

この内容は両者共通した育ちを初めにお伝えし、その後に違いを作る要因を明確にしていきます。

それでは何が共通しているのか、育ちの深掘りに入りましょう。

 

気が強い人の共通点&育ち6選

気の強さとはエネルギーの強さ。

エネルギーとは生きる意志であり、愛や欲でも生み出します。

気が強い人はタイプが違えど、共にエネルギーの強さを持ち、「生きたい」という気持ちと、自らを愛したい欲求が強くあります。

このような人は、自らを存在させる意志や欲を強く持ちます。

気が強い人の共通点:『自分のことは自分で認めたい意志、または欲求が強い』

この意志(または欲求)があると自責の念が強くなり、責任感を持ちながら、自らを責めやすくもなります。

責めると自らを傷つけてしまうため、自分のことを認められず瞬く間にエネルギーがなくなり、気が弱くなるだけでなく生きる気力を失う可能性があります。

そのため、気が強い人は自分のことを責める以上に、認めるために頑張ってきた過去があります

育ちの着目は、「自分のことは自分で認めたい意志や欲求」を持ちやすい環境。

人それぞれにこのような育ちが考えられます。

気が強い人の育ち
  1. 放任
  2. 親が厳しい
  3. 遠慮を知らない家庭
  4. 負けてはいけない教育
  5. 正義感、正当化が強い家庭
  6. 文化や習わしの躾

一つずついきましょう。

 

気が強い人の育ち①:放任

「もう知らない、好きなようにしな」と放置される育ち方

諦めや落胆によって放任された人も多く、「もう、何を言っても無駄だろうから好きにして」という親の言葉を聞いた人は多いかもしれません。

先天的に気が強い人の場合、食事や寝床など生存必要条件を与えられていれば、放任は気をより強める基盤条件になったりします。

気が強いと気質から抑圧や強制をとにかく毛嫌いするので、縛りや押し付けなく、レールを敷かれない生育環境は、気の強まりに邪魔がなくなります。

子供一人では“進む道行き”がわからないので辛く苦しい経験は増えますが、だからこその道があり、出会いがあり、人生が作られます。

気を抑えることを知らずに育つため、生きたい欲求から周囲への反発は強まり、不納得に対する果敢な攻めが際立ちます。

それは攻撃力アップであり、気性も荒くなり、かんしゃく持ちのようにカッと怒るのが特徴的です。

 

気が強い人の育ち②:親が厳しい(親も気が強い場合に限る)

二つ目は、厳しい親との生活です。

厳しさは強制や押し付けの多さと、放任や本人の意志尊重など、干渉と不干渉の両方が一緒くた。

恐怖と愛のある厳しさが特徴的であり、ある程度まで押し付けて、あとは本人に任せたり、放任したり、不干渉にて個や意志を尊重したり委ねる関わり方。
※不干渉は無視や無関心とは違い愛の一種

気が強い人は「私は私だ」という意識が強いため、押し付けや決め付けは人間としての形を矯正するようなものでして、とっても苦しくなるので嫌でも反発します。

これをしつこくされると生きる気力を失います。

が、親も気が強く、その親から厳しくされた場合、抑圧は苦しいものではありますが、愛があるために生きる気力を失うまでにはいきません。

愛があるからこそ放任に向かう人もおり、自分も同じだったからこそ強制しても反発されることで親と子は調和します。

反発し合う喧嘩のようなさまが調和とは少し奇妙かもしれませんが、気が強い人同士はライオンのじゃれ合いのように、時に本気になっても心同士の繋がりや理解による共同意識があります。

厳しさに対して反発すればするほど、遺伝子を引き継ぐように気の強さは調和し合いながら継承されていきます。

 

気が強い人の育ち③:遠慮を知らない家庭

ボコッと顔面パンチ。

「て、てめぇ!」とやり返し、ボンテンカンコン、プンプンプン。

相手への考慮のなさ、周囲を鑑みないでおっぱじめるなど、他者に対する遠慮のない育ち方で気は強まります。

人前も立場も関係なく、歯に衣着せぬ人間関係や言動が当たり前の家庭で育つと、心を開放的にすると同時に、遠慮を知らないので無意識に気を相手に発します。

兄弟姉妹が多く、ご飯時はメンチカツの取り合い、喧嘩は日常茶飯事、両親もよく喧嘩しているなど、いわゆる妥協していたら損しかしない環境

言われたら言い返す、やられたらやり返すのが当たり前の家庭で育つと、無意識に気を強めることが生存戦略となります。

本人が意図的に気を強くしている訳ではないので、力がありすぎて握手したらイテテテみたいなもので、軽く言ったつもりでも相手を恐れさせてしまいます。

 

気が強い人の育ち④:負けてはいけない教育

気が強い人は負けるのを嫌がります。

負けてはいけない観念がインプットされていると考えられ、躾や教育の関与が考えられます。

親など養育者が負けず嫌いであったり、競争を煽る家庭環境で育つと気が強くなります。

「絶対に負けるな」「勝たなきゃダメだからな」

この場合、先天的に気が強くなくても強くなります。
※一方、先天的に気が強くない場合、メンタルが弱くなりやすく、気苦労が増える傾向あり

「弱者はダメ」と勝負で上下良悪を認識する家庭で育つと、かまってもらえなくなる恐怖や危険を感じやすく、何がなんでも負けてはいけない強迫観念が根付きます。

油断を見せないように頑張り、強気な態度や上から目線、マウンドや支配にて相手を怖がらせるなど、気を発して怯えさせようとする行動が増えます。

強迫観念が根付くと依存性が強くなりやすく、責任感が強いために自分を責めやすくなる危険性があります。

 

気が強い人の育ち⑤:正義感、正当化が強い家庭

気の強さには自分一人の気性だけでなく、大きなバックアップが関係しているケースもあります。

「社会的に認められた、正しい、間違っていない、これが常識だ」などと正当化して自分を認めると気はブクブク大きくなります。

集団心理と同じでして、一人では縮こまっても複数でいると態度が大きくなるようなもの。

大きなバックアップとなるのが、『正義』です。

「私は正しいことをしている」「あなたは間違っている」を強く意識する生育環境があると、自らを正義や正当化することで自然と気が強くなります。

弱い者に大きくなり、強い者には小さくなる特徴があり、下僕や家来のように殿様を崇めるさまは絶対的従順者の証。

自分がなく、全ては正当化によって自らの存在を成す、そんな社会的肩書ルールに従った人は気が強くなりながら、「社会が味方」と言うバックアップがなければ立ち方すらわからないので極端にメンタルが弱くなります

 

気が強い人の育ち⑥:文化や習わしの躾

最後の育ちは、徹底的なまでの絶対性インプット

国の文化や伝統、習わしや教えなど、変わらない強固なルールに基づく躾や育ち方をすると、気が強くなります。

例えば、相撲部屋、伝統舞踊の血筋、神社の家主、オリンピック選手を複数輩出する一家など。

上述⑤の正義や正当化とは違い、変わらない絶対性であり、先天的に気が強いかどうか関係なく気が強くなります。
※精神的にも強くなる

社会性による空虚なルールとは違い、代々継承してきた歴史、何度も引継ぎ続けた変わらないものであるほど、絶対性は芯の強さ、ブレない軸、精神性の基盤になります。

ブレずに継承できる人ほど、芯のある穏やかな精神力を高め、気の強さは絶対的な安心を周囲に与えるまでになります。

以上が、気が強い人の育ちでした。

 

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育ち応用編:気が強いからこそのメンタル影響

気が強いのにメンタルが弱い人、強い人の違い

育ちの着目は、「自分のことは自分で認めたい意志や欲求」を持ちやすい環境です。

この結果、「私とはこの私である」という自意識の念が強固になります。

「私は私」である以上、「あなたはそうしてはいけない」などと自意識を曲げる干渉があると不快になります。

徹底的に決め付けられ、「おまえはこうなんだ!」と押し潰された場合、自意識は衰退して気は強くなりません。むしろ弱くなって生きる意志も欲求も減ります。

気が強い人の育ちには、自意識をポキッと折り曲げられず、本人の意志や欲求を許す環境があり、厳しさには愛と恐怖の両方があると考えられます。

これによって親に似ながらも、自意識がしっかり残り独自の自負まで付帯されます

「責任感を持って自分のことを認め、護り、高め、生きるぞ」

気の強さはエネルギーを増やし、自立意識にも成長意識にも繋がり、意志や欲求を持って嫌なことがあれば対処し、時に果敢に攻め、厳しくても己を貫くために頑張ります。

ここで分かれ道があります

「自分のことを自分で認める」という責任は、他に執着するか、自己と向き合うかの違いがあります

外に向くか、内に向くか。

メンタルの在り様は歴然としていきます。

メンタルを変える分かれ道

  1. 外に向かう人
    ⇒自らとの向き合いがなくなり、メンタルが弱いまま成長しない
  2. 内に向かう人
    ⇒自らと向き合い、メンタルを強め、精神力を強めていく

自分のことを認める意欲は、内外どちらに向かうかによって、自らで認めるか他によって認めるかが変わり、メンタルの育みも変わります。

 

他によって認める人はメンタルが弱い

外に向く人の在り方は明確です。

持っている大きな気を他(外)に発します

攻撃性、傲慢な態度、負けを恐れるが故の行動、そして他との比較が増えます。

典型例が、マウントや相手を配慮しない一方的な攻め、機嫌や態度の発散、承認欲求を得るための無配慮。

すぐ&よく吠える傾向があり、自分を認めたくてしようがないので、不納得や不機嫌になれば喜ぶように気を発し、周囲を威嚇し、恐れさせ、猛撃し、能弁を垂れ、負かそうとします。

他人を利用する状態ですが、「私は正しい、この人が間違っているから仕方なく強く言った」などと思っているケースが多く、そもそも自分に着目していないので事実の自覚がありません。

[エネルギー保有量の多さ+自制なし=エネルギーを外に発する一択】

自分に向き合わないとメンタルが強くなることはなく、周囲を負かして自らを勝ちだと思える状況や社会ルールや他人への執着、または集団帰属なくして気の強さは出なくなるのも特徴的です。

 

気が強い人はメンタルも精神も強くなる

一方、自分のことを認めるために自らに着目する人は、本当の意味で責任感があります

例えば、可愛い猫をなでなでしていたのに、汚い猫になでなでしない時。

責任感がある人は自分を見るため、「あ、私は利益がなければなでなでしないんだ、猫を利用して自分を可愛がりたいだけじゃないか」などと事実を見ます。

責任感があればあるほど内省し、事実を認めて反省し、改善するために成長するか、「これが私なんだ」と嘘偽りなく自分を受容します。

気が強いからこそ、内側での辛いこと、見たくない現実、過酷な事実との向き合いに“気(エネルギー)”を使います。

この場合、認めるに値する人間になるため、人知れず成長するための努力を欠かさないのが特徴的

自分で自分のことを認めるために心を見つめ、事実を凝視し、物事を学び、現実を受け入れます。

自制が養われ、認識力が高まり、他への配慮や尊重ができ、なにより自分として存在する信念や軸によって芯が強まります

冷静に物事を見つめて状況判断、問題解決できるようになり、落ち着きや穏やかさがもたらされます。

気が強い人は内に秘める気がとにかく強いです。

内に向かう人は、自分という現実との対峙から逃げず、メンタルと精神を日々鍛え続けています。

 

まとめ:気が強い人の育ち

気の使い方によって変わるメンタル。

そこに関わるのが育ちというお話でした。

気が強い中身に違いはあれど内包量はどちらも多く、たくさんのエネルギーを作り出せることに変わりありません。

そこには、気が強い人の愛が関与していると考えます。

愛が大きい人ほど生きる意志があり、現実を愛する欲があります。

愛とは恐怖(闇)でもあり、生とは死でもあります。

どちらも内包して初めて愛となり生となりますので、愛が大きい人ほど生きることも死ぬことも美しく認識し、あらゆる現実を受け入れます。

気が強い人とは愛が大きい人。

愛が自己のみに偏ると、気の使い方が外に向きます。

周囲にネガティブな印象を与える場合、それは愛が自己愛になっており、自分のことにだけ興味があり過ぎるのかもしれません。

愛がせっかくあるならば自分だけでなく他のためにも使うと、周囲との関係性も印象も、与える影響は好転します。

何よりメンタルも精神も変わります。

道を一歩変えるだけで全て好転する基盤を構成したのは、育ちである過去、家族や周囲の人々との関り。

育ててくれた人に感謝する時、気が強い人の気は愛そのものになっていることと思います。

人間理解を深めるご参考になれば幸いです。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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『みなさんいつも、ありがとう』

POSTED COMMENT

  1. niko より:

    なにかがほんの少しだけ、抜けたような感じがます。
    穏やかです。
    北斗さんは、大切なそのうちの一人です。
    北斗さん、本当にありがとう^^
    北斗さんって、へんな人♪

  2. niko より:

    北斗さんの書く記事、好きです。
    接する人間が極限られた私に、沢山の影響を与えて下さり本当に感謝しています。
    北斗さんって一体なんなんやろうっていつも思っています^^
    身体にお気をつけてお過ごしくださいね☆

    • 北斗 より:

      嬉しいお言葉、ありがとうございます!
      これからも健康に海外を放浪します。
      nikoさんもご自愛くださいね。

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