心理と特徴

「疲れるしめんどくさい」友達がいらないソリタリーに光と闇

SNSとは違うリアルな人間関係では、友達は多ければ多いほど邪魔でうんざり、疲れてめんどくさい。

こんなことを言う人がいれば、相手のことをしっかり考えているとわかります。

しかし、これまでの価値観では真逆に捉えるかもしれません。

「友達がいらないなんて、血が青いんじゃないの?」と。

実際はどうなのか気になるところです。

そこで、「友達は疲れるしめんどくさいからいらない」という考えの真意を明確にして、友達がいらない価値観を紐解きます。

  • 友達がいらないと思う理由を知りたい
  • 本当に友達はいらないのか考えたい

「友達がいらない」の中身には、自分のことだけを考えているか、相手をしっかり考えているかの違いがはっきりあります。

何が起きるかわからない時代。自分のことは自分で責任を持つ大切さが際立ちます。

我欲に基づくか、ソリタリーを重視するか。価値観の核を見つめる一つの考え方となれば幸いです。

友達がいらない人のタイプと特徴

友達がいらない人のタイプ

「友達はいらないよ、いたらトランプやめらんないからね、ヒーヒッヒッヒ」

「いらない」と思うのは誰しもできますが、実際に行動できるかどうかでタイプが変わります。

友達がいらない人のタイプ
  1. 友達付き合い(または作る工程)に翻弄される人
  2. 友達付き合い(または作る工程)が邪魔になる人

「翻弄か邪魔」の違いがあります。

 

①翻弄されるタイプ

翻弄タイプは、友達付き合いに飲み込まれます。

アウェイ。

友達とは友愛や親友など心を開き合って繋がる深い関係性もありますが、利用し合う表皮の取り繕い、演技と誤魔化しによってお互いの私利私欲を得て解消し合う組体操、仮面舞踏会にもなります。

どんな関係性だとしても、目的が明確ではないと友達付き合いに翻弄されます

相手のペースに飲み込まれ、一方的に利用され、エネルギーをチュウチュウと吸い取られ、生気を失って家路に着き、なんとかエナジードリンクで血液を緑色にして対処。

疲れる、めんどくさい、なによりうんざり、自分の利益(喜びや安心)が何もない。
※心理詳細は、【人といると疲れる、けど寂しい】他人との関わりが苦痛になる心理と改善

私達日本人は暗黙と沈黙の中でしっかり自己利益は得ようと働きますので、一方的な搾取をしていない風にガッツリ搾取します。

関わる理由を見出しにくく、自分を護るためにも、「友達なんていらない、ひとりがいい」と思いたくなります。

人間関係に深入りせず、ひとりの時間を増やすことで自己防衛を図る(不安と恐怖を対処する)さまが特徴的です。

 

②邪魔になる人(ソリタリー)

邪魔タイプは、自意識がはっきりしており、自律が強いので相手に翻弄されません。

ソリタリー(孤独)に向いており、ひとりを心から好むタイプです。

物事を冷静に合理的に捉えるので違和感があると、「この人と関わって何になるんだ?」と純粋に疑問視。

自律や自分がない人と関わると、大きなストレスと違和感を感じ、執着や依存されるとたまったものではない憤りにもなります。

自立している人同士であれば心地良い距離感を持って関われるのですが、そうではない場合は疲れてめんどくさくなり、友達が邪魔になってきます。

「友達はいらない」とはっきり答えが出る人であり、実際にひとり行動が多く、ソリタリーを楽しみ、自分ならではの生活や人生を創作していきます。

友達はいらないと思うだけでなく、実際に行動できる人であり、ここでお伝えしている主旨です。

 

友達がいらない人(ソリタリー)の特徴11選

タイプ②に該当する方の特徴がありますので、順番にご覧ください。

1、他人に興味がない

人への興味がない訳ではないのですが、興味を持てない人が圧倒的に多い世の中にいるため、興味が出てこない特徴です。

 

2、合理的

利益換算が合理的で効率的な特徴です。

友達との関わりなのに気を使う、演技する、我慢する、頑張るなど、自らの労力を払うのみで対価と見返りが合っていない場合、関わる意味がなくなります。

人間関係自体が崩壊していれば変化させる努力をしますが、それに値しない人との関わりであればズバッと切り裂く、またはパッと消えて関係性を終了させます。

 

3、独りが好き

孤独を好み、ひとりの時空間を楽しめる特徴です。

ひとりだからこその喜びや楽しみを見出し、自分との向き合いを深めて物事の捉え方を幅広くしていきます。

 

4、ソリタリー向き

悲観的受動的なロンリーではなく、能動的自発的に孤独を作るソリタリーに適応する特徴です。

孤独に対する不安や恐怖心が少なく、過去の経験則による不安や恐怖との向き合いに成功しており、過酷で辛い経験を自分の力に変換した強さがあります。

 

5、自力と自律過多

自分を信頼し、能力と才能を重んじ、自らルールを決めて自らに従う特徴です。

自力と自律はありますが過剰傾向もあり、なんでも自分でやってしまいます。

相手の意思や気持ちを含めて自分の意思を見出すのが苦手。「私は私、あなたはあなた」という独立意識が強く、傾聴がなくなっていることに気づきにくくなります。

能力の高さは利点にも汚点にもなり、友達との関わりが邪魔な重荷になり、干渉になり、詮索に思えてくることもしばしば。

 

6、物事の意味を求める

物事が自分の何に貢献し、繋がるか、意味を考える特徴です。

意味がない(見出せない)場合には、「この人とコーヒーを飲む時間って一体何なの?」と無駄を嫌います。

といっても、おじいちゃんと縁側でぼけーっとするのは大いに価値があるなど、人それぞれの無駄認識があります。

共通しているのは、「自分の何に繋がるか?」という成長意識を持っている点です。

 

7、利用し合いの人間関係に興味がない

友達や恋愛など、私利私欲を満たす人間利用に興味がない特徴です。

興味があるのは自己理解や成長、能力や才能伸ばし、そして愛です。

お互いを尊重し合い、心を開いて繋がり合う関係性であれば、大いに友達でも恋愛でもします。

しかし、お互いを繋げない一方的なエゴの場合、相手の汚れや自らの穢れがはっきり見えるので、興味がありません。

 

8、今を大切にしたい

物事に意味を見出す癖があり、今していること、今関わっている人、今いる場所と真摯に向き合う特徴です。

夫婦や家族や恋人など、今いる大切な人がいれば、今を徹底的に謳歌するために一切の邪魔を入れません。

 

9、平等で平和な意識

物事や生命をフラットに認識する特徴です。

線引きや区分けをせずに、人も動物も自然も同じ生命体として平等に捉える意識があり、人と関わらずとも動物や自然などとの関わりをかけがえのないものとします。

人間を対象にした「友達」という社会的概念に支配されておらず、自由で縛りのない関わりを重んじます。

 

10、明るくて社交的

※人見知りを隠す癖ができている人に限った特徴です。

人見知りに見えない社交的な人、いい人であり明るい人。

心を開かない等価交換の上での振舞いであるために、人と深い関係性になることを潜在的に怖れ、距離感を近づけるのに強い抵抗があります。

心理的に自然とひとりになりやすく、不安と恐怖を対処するために表面は外向的になれる人ですが、友達という関わりを実際には求めません。

 

11、先見性がある

物事を認識する際、先まで見る特徴です。

「先まで見えるぞ」という自覚がある人は少なく、潜在的な認識の質・幅・量が多いため(知性が高い)、無意識に先を見据えた思考や行動をとっています。

「友達がいらない」という価値観がまさに先見であり、まずは自分と向き合い、自分を高め、自分との時間を謳歌するさまに、自己確立してから必要に応じて他者と関わる段階が見られます。

以上が、友達がいらない人の特徴でした。

※友達が欲しいのにできない心理は、【恋人作りより難しい】友達ができない特徴と理由は“大人の振舞い”をご参照ください。

 

疲れる、めんどくさいと思う大切さ

疲れる、めんどくさいから友達はいらないと思う人の「自力」

人間関係は悩みの元凶にも喜びの苗にもなります。

他者と関わり利益を得る分には喜びですが、関わるからこそストレスになり、自己抑圧になり、干渉になり、不利益が増えるネガティブな面があります。

平日と休日のイオンの違い、人が多ければ多いほどめんどうなことも増え、疲れます。

しかし、友達や周囲の人々は多い方が安心する、そんな外向的な人もいます。

疲れたからといって友達付き合いをなくすと孤独になってしまうので、人によっては疲れてもポジティブな面を見ようと頑張り、自己利益をなくさないように紡ぎ、友達を作り維持する活動を続けます。

ここで着目したいのは、友達に疲れる、めんどくさいと思うのは自然ですが、それによって「友達はいらない」と思い、行動に移せる点。

他者との関わりで得る利益以上に、不利益の方が多い

他者との関わりで得る利益以上に、自分ひとりで作る利益の方が多い

友達と関わる以上に、関わらない意味を見出しやすくなると、他者への執着と依存が無価値になります。

自分を持ち、他者にすがらず、利益をもらう必要なく自ら作れる場合、友達付き合いがめんどくさいから「いらない」と思うのは自然です。

「ひとりの方がいい、得、楽、利点が多い、汚点が少ない、では友達がいる意味って?煮て食うかい?」

執着せずに自力で生きる精神があるために、友達がいらなくなります。

※ネガティブな人に疲れる際の真意は、「本当にネガティブな人?」疲れる、めんどくさい時の見極めと真意 をどうぞ。

 

友達を邪魔に思う人の愛

「疲れた、めんどくさい」と思ったとしても、友達であれば関係継続の努力をして、見直すべきところは直し、喧嘩する時は喧嘩して修正したいもの。

お互いにより良い関係性へ改善できれば素敵だと思います。

しかし、友達関係で「改善」という言葉は存在しないかもしれません。

改善があるのは関係性ではなく、自分自身そのもの

人間同士の関係性で良いも悪いもありません。

あるのは社会的なルールであり、枠づけた制約と制限の中での人間関係、いわゆる功利主義に則った利益への着眼、善悪や正否に則った他への順応。

社会的には大切なことですが、友達の場合はお互いが関わり合いながらルールを決め、作り、変化させ合いますので、常識も法律も何もなく、私達はロボットではありません。

真に相手を見て考える人ほど、社会的な他のルール以上に、[自分:相手]で関係性を築いていきますので、真っ新なキャンパスに自由に絵を描き合うのと似ています。

疲れたり、めんどくさいと思うことは、キャンパスの絵がグチャグチャになっている状態。

一度描いた絵は消えません。それが歴史であり記憶。

消えないなら修正や改善以上にお互いが成長することで、「このグチャグチャいいかもね」と言い合う寄り添いや許容があり、向上した関係性を築き合えます。

付き合いを継続すれば執着や依存を煽り、お互い(またはどちらか)が成長しなければ同じことが繰り返されるので、自分にも相手のためにもならない可能性が高まります。

一時凌ぎではなく、無理矢理の関係性継続による自己満足ではなく、自分が孤独を味わわないための人間利用ではなく。

自分を想い、相手をしっかり見る意識があるからこその不干渉は、相手に期待しない人こそ本当に優しいのと同じ。

お伝えしているタイプ②の場合は相手の排他になりません

自分の成長が足りない自覚による次のステップ歩みであり、相手をしっかり見ているが故の考慮であり、相手自身にも成長する機会を与える不干渉。無関心とは違うのが特徴的です。

「疲れた、めんどくさい、邪魔。だから関わらない、いらない、自分と向き合う、相手が向き合う機会にもなる」

これを友達がいらない人の愛と呼ぶ。

by ようはなんでもいい教科書

 

友達がいらないソリタリーの光と闇

「友達なんていらない、関わる意味がない」とソリタリーを尊重する大切さがありながら、孤独へ向かう思いには二面性があります。

友達がいらない光と闇
  1. 諦めや排他による友達不要
    …闇
  2. 不干渉や成長意志による友達不要
    …光

「諦めや排他か、不干渉や成長意識か」

 

闇の一面は無関心への花道

排他は自己中心的なわがまま、自己理解のなさ、他に基づいて生きているさま。

友達がいらないだけでなく邪魔者として排他し、「関わる意味がないものは味のないキャンディと同じ愚の骨頂」と捉えます。

関わらないと決めることが自分の存在を際立たせ、劣等ではなく優越に変えるエゴにもなります。

「友達がいらない」という思考に固執する可能性があり、ひとりの時間や自力に執着すると他者への無関心に繋がり、自己内部の闇に飲み込まれていきます。

 

光の一面は不干渉の意志と愛と先見性

もう一面は排他ではなく不干渉

関わる意味がないから自分として生きることにフォーカスする意志です。

そんなさまには、友達一人一人をしっかり見て考えて捉える愛があります。

愛に興味がある人は、利用し合いの友達関係に興味を見出しにくいです。

「この人といれば私はお嬢様気分になれる」
「この人といれば私はひとりにならずに済む」

エゴによる利用し合いは娯楽や刺激、一時凌ぎの快楽と承認取得、自己存在認知になり、存在意義を問う現実との向き合いをなくすおとぎの遊び。

楽しいものですが自分はいなくなり、それにも気づきにくくなり、人生がアイコラの盆踊り行進のように流れていきます。

愛とは現実であり、現実は自分だけでなく他者も含めて初めて存在します。

自らを確立させて初めて相手を真に捉えられ、自他が合わさって愛のある関係性が両者によって創作され、育まれ、変化し続けます。

本当に興味のある友達関係を築くためにも、絶対的に必要な自己確立ファースト。

自らが自らを乗りこなし、使い、マスターし、心の余裕を得て、人を許す気持ちを持ち、ついに他者へ向かうことで始まる人間関係、人生の深み。

「友達がいらない」に潜むのは先見性であり、愛だと考えます。

 

疲れるしめんどくさいから友達はいらない まとめ

「友達はいるもいないもどっちでもいい」がちょうどいいかもしれません。

私達は意識、過去の経験、メンタル影響によって、人との向き合いに対するフォーカス度や本気度が違います。

少しの関わりでも相手をしっかり捉える人がいれば、自分の利益にしか興味がないので相手の上っ面だけを見てチャラチャラと関わる人もいます。

真摯に関わる人ほど疲れますし、めんどくさくなります。

自力がある人ほど友達がいらなくなります。

自力で自律があるからこそ執着が無価値になり、一時凌ぎや現実逃避へ向かわず、個を重んじて干渉せず、自らを成長させて高める道へ向かいます。

友達がいらないと決めるからこそ、孤独による自分の際立ち、自己理解、意味付け、目的の明確化、意思作り、意志の貫き、能力才能向上と、さまざまな成長を促せます。

自分との向き合いや対話時間が増え、たくさんの価値や影響を与える育み、自分ならではの楽しみや人生の工夫が進みます。

先見しているからこそ、成長して見に付く認識力は俯瞰性や客観視を高め、他者と関わる際の許容や寛容となる心の余裕も深めます。

他者と関わりながら切磋琢磨して一つを作り上げる大切さもありますが、今は社会基盤の構築が既にありますので、全体としての考えだけでなく個々の能力を潰さない重要性もあります。

疲れる、めんどくさい友達関係をきっかけに、人それぞれに自己を開く道は欠かせません。

そんな理解が、「友達いらない」の言葉から見出されますので、一つのご参考になれば幸いです。

それでは、友達がいらない心中お察しを終了します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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