心理と特徴

テレビを見ない人の特徴とつまらない当然の理由「与えられるより向かいたい」

タレントの顔と発言が全て同じに思え、空虚な喜劇に見え始める頃、周囲と共通性が薄くなる。

テレビにはトレンド、話題提供、同一性をもたらす心理作用があり、見ないと大衆性が欠けるだけでなく、共通認識がなくなることで相互交流にストレスが生まれます。

つまらないと思われることが起きます。

私自身、テレビを見ない人はとてもつまらないと思います。

なぜならば、テレビを見ない私自身がつまらないからであり、そう思われる当然の理由があるからです。

そこで、テレビを見ない人がつまらない理由と、そこに潜む真意を見ていかれてください。

  • テレビを見ない人の特徴を知りたい
  • つまらないと思われる理由を知りたい

テレビを見る見ないは人それぞれの選択ですが、つまらないと思われることに心理的な理解が潜みます。

テレビを見ないことで起きる人間関係のひずみがありますので、一つの考え方として人間心理をお楽しみいただければ幸いです。

テレビを見ない人の特徴と性格

テレビを見ない人の特徴と性格10選

いくつかの特徴と性格がありますので順番にご覧ください。

1、情報は自ら取得したい

誰かが決めたスケジュールに従うのではなく、自分で見たい動画やアニメをピンポイントで見るタイプ。

与えられる以上に、自発的に取得する特徴です。

 

2、自分の意見を重んじる

自らがどう感じ、どう思い、どう判断するかの自律があり、こだわりや個の強さが特徴的です。

「大げさにわざと転んで何か楽しいの?」と自分の主観で捉え、「大げさなさまが面白いんだぞ」という相手の意図に順じません。

 

3、笑いのツボが独特

「えっ、ここで?」と思える、独自の笑いのツボを持ちます。

認識力があるために頭の回転が早く、独自の前振りやギャップに対するツッコミポイントがあり、頭の中で結構ツッコんでいたりします。

 

4、情報の偏り

テレビを見ない場合、求める情報を自ら取りに行くしかないので、自分では調べない他分野や興味外の情報が入りにくくなります。

その分、多くの人や本との関わりによる深いリアルな情報を得られますが、夕方に放映されている地方の旅番組に本当に必要な理解が潜んでいる、なんてことが起きていたりします。

無意識に情報が偏ると、テレビ的な浅く広い情報と合わないさまが顕著の域を超えます。

 

5、テレビへの批判

テレビに対する批判が増えると、めんどくさい、つまらないと思われます。

本人にとっては真っ直ぐな意見ですが、テレビとは社会的で大衆心理を作る媒体であるため、批判は社会や大衆への反発に思われることも。

 

6、自他の境界線が明確

自分と他者の分離がはっきりしており、個々を尊重する特徴です。

他者や他の情報に飲み込まれず、自らの在り方を矯正、制限、抑圧されません。

テレビとは、境界線をなくしてスポンサーの意図に基づくビジネス心理を多用する功利行為。飲み込んで情報を刷り込むさまが見えると反発したくなります。

大衆目線からすると頑固やわからず屋に思われることも。

 

7、合理的で現実的

テレビを見ない人は主観的に自発的に行動し、物事の意味を自分なりに見出す特徴があります。

意味がないと判断されたものは無駄になり、テレビに意味を見出せないと見ることがなくなります。

物事を合理的に捉え、現実的に捉える以上、テレビは非合理な空想世界の一時凌ぎと現実逃避になり、一線を引きます。

 

8、正直者

興味がなければない、つまらなければつまらないと、はっきり判断する特徴です。

自分に対して素直であるために、思ったことを言ってしまうところがあり、テレビに良い印象がなければ無意識な発言に棘が付きます。

 

9、テレビより成長

自らを知り、能力を高め、才能を広げ、理解を深め、価値を作る成長に重きがある特徴です。

テレビを無駄だと認識した暁には、自己投資で本を読んだり、勉強時間を設ける、人との出会いを増やす、知らない土地を巡る、自然と向き合うなど、自らの体験と行動による育みを優先します。

 

10、やりたいことが多い

暇がない特徴です。

休日に家でゆったりしても、目的を持ってゆったりします。

漫画を読み、アニメを観て、焚火して、散歩して、虫の探索、星空観賞。人それぞれやりたいことに忙しいとテレビを見る優先度が低くなります。

以上が特徴でした。

 

テレビを見ない人がつまらない理由

つまらないと思われる理由:テレビの仕組みによる区分け

テレビを見る人と見ない人で分けると、見る人は面白くて楽しくて興味があるから見ます。

見るルッキングだけでなく、人によっては集中して観るウォッチング。

たくさんのタレントがおり、多くの制作会社が関わり、多額な資金を費やして作る番組の数々、広告会社に電波(影響)を持つ企業や人々の基で、バラエティに富んだ箱は七色の脳内トリップ装置と化します。

たくさんの情報、精製してそぎ落とした白米のような情報、一方的に与えられる情報が無数に脳にインプットされ、アウトプットしたくなる作用

テレビの内容を他者に話したくなり、取得した知識を基に行動発起したくなります。

サバ缶について放映された翌日は、購入者でスーパーが溢れる。

精査された刺激を含む情報を入れ、肉体は自然と排出したくなり、テレビの内容を基にした言動でアウトプットが起き、社会が動く。

これがテレビの基本的な仕組みだと思います。

すると明確に起きるのが、テレビを見た者同士の容易な結託です。

アウトプットしたいもの同士は話が弾むのを初め、同じ目線で同じ認識、同じ心理作用を基に同じ方を向き、同じ行動が起きやすくなります。

話しが合うだけでなく、価値観が合う、目的が合う、欲しいものが同じ、考えることが似ている、感覚が似ている…などなど。

共通認識と心理作用があると、話すのが楽しく、意見を言い合い、「あれってこういうことじゃない?そうだそうだ!」と同じ意見を作り合って調和も進みます。

そこに表れるのが、テレビを見ない人。

「ねぇねぇ照火ないぞう君、昨日の番組、筋肉モリクソン見た?」
「見てないよ、何それ、美味しいの?」

「え、美味しくはないよ、テレビ番組だし…」

終了、一瞬でチーン。

テレビに興味があって見ている人は、普段から興味がある人同士の“合う感覚”がベースになるので、少しでも合わない感覚があると関わりがストレスになり、自然と区分けされていきます

テレビを見るか見ないかによって合う感覚の有無が極端になり、合わない方が大衆にそぐわないのですが、テレビを見ない人は自分のペースや意見を重んじて合わせようとしないため、つまらないと思われます。

 

つまらないと思う心理:合わせるのがめんどくさくなる

上述のつまらないと思われる理由で特に注目したいのは、テレビを見る人同士の“合う感覚”の強さです。

共通の話題があるだけでなく、スタンスが同じ方向であり、会話中に引用する語呂やキーワードをお互いに把握しやすく、雑談がはかどり楽しい空間になります。

スーパー内で話し始める人達のように、「楽しいんだろうなぁ」と思える雰囲気があり、まさに似た者(合う感覚)同士の良好な関係が見られます。

テレビの影響は情報をただ取得するのではなく、どうやって情報をインプットしてアウトプットするかの心理作用があるので、テレビを見る人同士は心理的にも似る傾向があると考えられます。

例えば、バラエティ番組がCMに入る前、「この後、おばあちゃんの信じられない秘密が明らかに?!バババン!!」と強調し、期待値を高めて欲求を高めさせます。

テロップに色を付けてサイズを大きくするのは、内容をわかりやすく強調するのではなく、相手の心理を飲み込み誘導する手法。

CMが終わった後も番組を見せる心理作用によって、CMの視認率を高めてテレビ局の役割を果たします。

情報を自らインプットするのではなく、脳科学と心理学と行動学に基づく“与えられた情報”になりやすく、同じ(または似た)心理と価値観の保持が起き、合う感覚が作られます。

同じテレビを見た者同士の結託によって良好な関係ができると共に、そぐわない人がいると関係性に共通点と方法を一から作らなければならない大きな負担ができ、大きなひずみが生まれます。

「え、芸人のパミオン垂れ草を知らないの?」
「流行ってる歌手、バリスタらないを知らないの?」

与えられる情報を基にしていると、一から自分なりに説明するのは知能を要し、大変な労力を消費します。

「もういいや(テレビ見ている人と話そう)、つまらない」

よっぽど関わりたいと思う人でなければ、合う人との関わりを選ぶのは自然です。

与えられる情報に慣れると自ら作ることが難しくなり、話しがわからない人との関係はストレスになり、疲れやめんどくささを感じ、つまらないと相手への拒否感が増えます。

 

テレビを見る人と見ない人の情報の扱い方は合わない

テレビを見る人は与えられる情報を基に人と関わることが多くなります。

テレビを見ない人は自ら向かって情報を得るため、自分なりの考えや認識を作って人と関わることが多くなります。

[与えらえる or 向かって得る]

二つの在り方は、脳内処理と使い方が極端に違います。

「芸能人の○○、結婚したんだって!」
「へぇ、知り合いなの?」
「いや、知らないよ」
「え…知らない人のことに興味あるの?」

そりゃあ合いませんというくらい合いません。

与えられる情報を基にすると、知っていようがいまいが娯楽になり、ゴシップでもワイドショーでもなんでも楽しむのが上手です。

が、自ら向かって情報を得る場合、自分の意見や自分なりの情報の扱い方をするので、著名人が高級サロンに行ってようが、日焼けサロンに行ってようが、ハムとメロンを食べていようが、どうでもいいわいとなります。

そもそもの着眼点に、価値観、目的、情報の扱い方、認識、何もかもが違います。

お互いにつまらないと思うことになります。

 

テレビを見ない私はつまらないと思った

私自身、24歳頃からテレビを見ていないので、10年以上経ちます。

テレビは精神が骨抜きされる感覚があるので少し苦手ですが、嫌いな訳ではないので実家にいる際に映っていれば視界に入ります。

私はテレビを見る人と関わる時、自分自身のことを「つまらないな」と思います。

明らかに話題についていけず、相手の話にはついていきたいので合わせようとすると、全く見当違いのことを言ってしまいます。

例えば、「アイドルの○○が可愛いんだ、これまでのアイドルとは違うんだよ」と言われ、「ふ~ん、よかったねぇ」とニッコリしては味気なく終わってしまうので、話しについていくと。

「そのアイドルは実在人物のこと、それともテレビ画面の中の人物のこと?」と聞いてしまうので、こりゃ話が合わない。

与えられた情報による受動的認識に対して、現実的に捉えたり、自分の考えを言うとつまらなくなります。

言うのをテレビや社会的な考えにすると合わせられます

例えば、グルメ番組で美味しそうに食事しているテレビがあれば、「人前でご飯を美味しそうに食べることが価値」という情報をインプットすると話が合います。

しかし、自分の考えや見方を基にして、「人前で口広げてムシャムシャと命を食べながら笑っているどこが価値なんだ?」なんて思っては、速攻つまらないと思われます。

価値観の前提が違うと相手も理解しがたいので、お互いに合わせられなくなります。

今ではテレビを見る人が私の周りにほとんどいないですが、関わった際には、「もっと知らないと、ひろゆきって方が有名なんだ、勉強しないとな」と思うばかりです。

 

つまらないと思われる有難さ:「聞く力」

多様性と個性、自分の意見を持って生きる大切さをうたう世の中です。

大規模な情報提供メディアの生き方は、時代と共に変わらざるを得ないように思います。

情報を得るにしても、能動的に自ら探し、信頼できるかどうかを自ら判断し、自らインプットし、自らアウトプットの行動を起こし、初めて理解へ繋がります。

テレビはインプットを制御して精製したものを脳内に送り込みますが、自ら取得する場合でもインプットをはき違えると理解にならなくなります

テレビを見ないと与えられる情報作用がなくなりますが、その分さらに重要になるのは、インプットを自己都合にしない「聞く力」だと考えます。

情報の偏りは認識を狭め、思考にコリを作ります。

テレビを見る人を批判したり、馬鹿にすることが起き、見る側の立場になって捉える世界がなくなり、自己ルールの正否を当てはめる一方的な個人主義に向かう可能性もあります。

つまらないと思われた時、「聞く力」を育む大きなチャンスです。

聞くとは、相手の伝えたいことを理解する行為。

「テレビで美味しそうな地鶏料理がやってたよぉ」「海外で美味しい料理って何があった?」

「ない、食べ物に興味ないから、人がご飯食べるのを見て美味しそうと思ったことすらない、むしろ反吐が出る」ってやりすぎ、つまらない。

「印象に残る料理はないけど、鳥を一匹丸ごとさばいて頂いた時が一番美味しくて、骨まで頂いたよ」

と相手が雑談を広げて楽しみたい意図を汲み取り、話題を広げられると良い塩梅かもしれません。

つまらないと思われるからこそ、テレビを見ない人ならではの特徴を活かせる、そんな真意です。

 

テレビを見ない人はつまらない まとめ

テレビを見る人と見ない人は情報取得の在り方が真逆です。

テレビを見ない人は、「与えられるより向かいたい」

情報との関わり、インプットとアウトプットの方法や向き合い方、自己理解へ繫げるスタンスが違います。

情報の使い方が違うので話や価値観が合いずらく、つまらないと思われやすいのが少数派であるテレビを見ない側。

しかし、自らの意見と価値観を持って合理的に現実を生きる結果、テレビと距離が離れるのは自然ですので、人それぞれに見ないことは大切です。

テレビを見ない人が増えていると思いますが、テレビは人によって重要な嗜好品であり、娯楽を得る必需品です。

自ら作る人がいれば、作ったものを得る人がいて、従う人がいます。

あらゆる人がいて現状のバランスを保ちますので、テレビを見ないからこそできることがあり、テレビを見るからこそできることもあります。

見ないからこそできるのが、「聞く力」の育み。

つまらないからこそ自分の意見を持ち、自ら情報精査、見極めて理解へ繫げ、自発的に行動して物事を作る人になっていきます。

与えられる情報がないからこそ自らの経験を活かして、他に例のないものを創作し、価値になっていきます。

100円のお皿も大切ですが、100万円のお皿も大切。

100万円の価値を理解するためにも、聞く力が欠かせません。

両方の価値がわかればそれがいいですね。

そんな、テレビとの関わりで見られる心理、お役立ちとなれば幸いです。

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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POSTED COMMENT

  1. ちっち より:

    良い記事が出ました!嬉しく思うちっちです。
    私もテレビは観ない方です。
    天気予報と旬なニュースくらい。
    バラエティーなど、観ててもつまらないし、ドラマも観ません。
    まるで頭の中がガヤガヤする感じになるので。

    唯一楽しみにしてるのは、年に数回再放送される
    NHKのターシャ・テューダーの番組。
    これだけで十分です。

    今の楽しみは、たまたま見つけた
    背の高い木、庭の花が咲いたトキメキ、
    昔より庭にカマキリが来るようになったこと。
    です(笑)

    でも、これだけで幸せだと思う自分こそ
    幸せな人だと思います(笑)
    価値観って面白いですよね!(^^)

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