生き方

仕事が楽しいなんておかしいと思える大切さ【楽しむ方法は一つ】

辛く苦しい仕事なんてしたくない。

しかし、「仕事が楽しい」と思うことには無理があり、強引に思い込むと自らを暗示し、仕事人間になってしまうのでできない。

「仕事が楽しいなんておかしい」と思えるかもしれません。

私はそう思っていたのですが、転職して辛い仕事になったのに楽しいと感じている自分がおり、「楽しい」の意味を知りました。

ここでは、仕事が楽しいのはおかしいと思う理由と、仕事を楽しむための考え方をお伝えします。

  • 仕事を楽しんでいる人のおかしさとは?
  • 仕事が楽しい人をおかしいと思うのはなぜ?
  • 仕事が楽しくなった体験談とは?
  • 仕事を楽しむにはどうすれば?

これらの紐解きにて、「おかしい」と思うことに潜む気づきと、「仕事が楽しい」の解釈を知っていただく内容となっております。

私の体験談も含めて、おかしいと思えることでわかる理解が、仕事を楽しむか楽しまないかの選択をもたらす一助となれば幸いです。

仕事が楽しいのはおかしい?

仕事が楽しいと言うおかしい人は特例

学生とは違い関わりたくない人とも関わらなければならず、上下関係での制約が多く、好きなようにできない契約の中での働きを求められ、ギュウギュウで堅苦しい仕事。

満員電車で通勤までして、お金をもらうために決められた時間内は箱詰め、経営という名の奴隷制度の曖昧性を利用した雇用、働けば働くだけ上が利益を得る仕組みの枠にはまる。

楽しいと思いたくても思えません。

このような環境の中で「楽しいなぁ~あはは」なんて人がいれば、「あぁ、今月も一人出てしまった」と思わざるを得ません。

しかし、一日の大半を占める移動・休憩を含めた仕事に関わる時間、辛く苦しいことをお金のためだけにしているとは思いたくない心理が働きます。

暗示や正当性や現実逃避が働き、仕事人間と化すことで仕事以外が無。まるで悟り人かと思えばただの無関心に無感情のぬいぐるみ。おかしいと思われてしまいます。

仕事が楽しいと思い込む場合には、「おかしい」と思える印象を与える違和感があるので、おかしいと思うのは自然です。

このような極端な人は極一部であり、全く別概念で「仕事は楽しいよ、早く仕事したいね」と言う人がいます。ここでお伝えする主旨です。

思い込む自分の誤魔化しや仕事人間化を除いて、楽しいと言う人におかしい違和感があるのかどうか、一度確認しておきたいところです。

おかしさが本人から出ているのか、傍から見る人自身におかしいと思う何かがあるのか。

違和感の出元は二つあります。

  1. 思い込みや仕事人間はおかしいと思える違和感を発している
  2. おかしいと思える自己ルールに当てはまるために違和感がある

 

仕事が楽しいのがおかしいと思う理由

相手ではなく、価値観や観念である自己ルールにおかしいと思う基が潜む可能性があります。

「仕事が楽しい」と言う人は結構います。楽しむ人の周りには同じような人が多いものです。

「ヤベー集団だな」と思えるかもしれませんが、思い込みや仕事人間ではない人がほとんどです。

おかしくない人々。純粋に仕事を楽しいと感じています。

仕事を楽しむ人と、つまらないと思う人は全く異なる価値観があるので、両者の認識が相容れないのは当然です。楽しむ人は楽しむ人と、つまらないと思う人はつまらないと思う人と認識が合致します。

両者には明確な違いとして、「楽しい」の捉え方が違うと考えられます。

 

仕事が楽しいのをおかしいと思う人は「楽しい=好き」

おかしいと思う認識を作る可能性となるのは、「楽しいとは好きである」という価値観です。

好きとは喜びを意味し、楽しい=喜びの感情です。

解釈は人それぞれですので、ここに正解も間違いもありません。

[楽しい=好き]のルールを基に認識すると、「仕事が好きで、休日を返上してでも働きたい、趣味のように暇さえあれば働いていたいほど喜びがある」が楽しいさまになります。

こんな人がいれば仕事人間ですので、おかしいと思うのは当然です。

仕事人間ではなく、実際に仕事を楽しんでいる人は大きく価値観が違います。

 

仕事が楽しいと感じる人は「楽しい=なんだかんだ楽しい」

結果的に楽しいかどうかで楽しいと判断します。

これは仕事の際中に、「くぅー、お客様のための外回り、書類集め、最高な気分だぜ!」なんて一切思わず、「いやぁ、この仕事苦手、キツイ、辛い、誰かやってー」と思います。

本当に正しい人は正しいと間違っているを両方含めるように、楽しくない時があるからこそ楽しいと判断できるのが、この楽しいの価値観です。

どれだけ好きなことを仕事にしてプロサッカー選手になったとしても、練習の辛さと仕事での働きを両方含めて、結果的に楽しいというイメージです。

楽しくない時がないのに「楽しい」と言うのは違和感であり、思い込みの可能性が高く、無理矢理に自分を信じ込ませていると考えられます。

この楽しいの解釈は、[楽しい=好き、喜び]という制限を作らずに、自らがどれほど仕事という時間と向き合うかの向き合い方を意味し、[楽しい=遊び]になります。

※働きたくないのがおかしいお話は、「働きたくない」の当たり前とおかしさに向き合う。無理に働かない生き方 をどうぞ。

 

楽しくないが楽しいになった仕事体験談

私は仕事が楽しいなんておかしいと思う人でしたが、[楽しい=遊び]の価値観を知る経験となった体験がありました。

新卒で就職した会社は驚くほどにつまらなく、ストレスが酷く、人間関係は最悪。会社内で「楽しい」と言っているのは、楽しいと思い込まないと精神がおかしくなるという既におかしい人のみでした。

ほどなくして転職し、何倍もきつくて辛い仕事になりました。

しかし、仕事が楽しいと感じている自分がいました。

「もう嫌だ、会社なんか行きたくない」と本気で思う日もあり、ストレスも酷いもので毎日の心臓の動機が激しく、息ができずにのたうち回ることもあり、楽しい。

これは正気の沙汰ではない奇人変人の域かと思いきや、ここにあったのは遊ぶ自分でした。

当時は遊んでいる感覚はなく一生懸命に無我夢中でした。そんな中でも給料を多くするための昇給、評価を得る行為、仕事をしまくり、成果を上げる、そのために勉強して、資格を取ってと夢中。

この行為が遊びそのものであり、日々が終わると、「今日は大変だったけど楽しかったな」と言っていました。

 

仲間がいることの楽しさ

海外を旅していた時にはファームで働く機会もあり、地獄のような日々もありました。

炎天下45℃の中、一切日陰のない大きな畑の上で毎日10時間、10Kg以上のどでかいかぼちゃとスイカを中腰でひたすら取って運び続ける仕事。オーストラリアのブラックファームです。

ハエが驚くほど多く、毒ガエルがそこかしこにおり、一日8リットルの水を飲むほどの環境では二日もてばいいほうで、ファームではひっきりなしに人が来ては辞めていきます。

あほみたいな時間でしたが、一緒に働く人々と協力して助け合う関わりになり、仕事後にビールを飲んだり、毎週末みんなで集まったりと、結果的にはとても楽しかったために自然と続けていました。

みんなでボスを殺しかけるところでしたが、仲間がいたことで仕事する目的が「自分達のため」とはっきりし、大変な中でいかにみんなで遊ぶかに集中する時間でした。

 

一人で黙々と作業する絵とブログ

仲間の大切さもありますが、一人のみの仕事でも楽しいものがあります。

今の絵を描いてブログを書く日々の仕事は、毎日が同じようなルーティーンとなり、気づけばご飯も納豆と卵焼きを毎日飽きずに食べ続ける奇妙なことになります。

しかし、今となっては楽しいとは遊びだと明確に認識しているため、仕事は楽しくて遊びの概念がギュッと詰まった行為です。

絵の場合には創造が全てであり、自分の世界を探求するように広げ、白い紙に入るように描く集中は自由時間と空間になります。

気づけば何時間も描いているために身体は痛くておかしくなりますが、結果的に作品ができた時の楽しさがあります。

ブログに関しては何を書くか、書けるか、伝えられるか、表現できるかで頭は常に回り続け、ひらすら頭とパソコンとにらめっこする毎日。ノートはメモ書きで何冊も溜まるほど考え、勉強し、表現方法を試し続けます。

「どこが楽しいの?」と自分でもたまに思いますが、いかに価値になるか、作品になるか、人のためになるか、どんな人に読んでもらえるのか、役立てられるか、自分のためになるかを考えながら、他のブログとの競争があり、自分自身との競争があり、グーグルによる比較・評価・判断があり、「負けない」という気持ちで作業を楽しみます。

このように楽しいとは好きや喜びに限らず、「結果的になんだかんだ楽しい」と感じるのだと知る体験でした。

※楽しいことがわからない場合には、楽しいことがわからないのは見つける場所が違う│楽しいの意味が教える自分 をどうぞ。

 

仕事を楽しむ方法

仕事を遊びに捉える楽しみ方

仕事を思い込みや現実逃避にて楽しいと認識するのではなく、[仕事=遊べる時間]にしてしまうのが、おかしくない仕事の楽しみ方になります。

遊びの概念になると楽しみに制限がなくなり、とても特徴的な事が起きます。

楽しみは自分で作ることです。

作らなければ楽しいも何もないのが遊び。仕事を楽しむためにはいくつかの条件があります。

遊び楽しむための条件
  1. ルールや制約
  2. 自ら作る創作・創造
  3. 競争
  4. 自分で遊ぼうとする気持ち
  5. 自由を求める(楽しさの制限を外す)

これらの条件が揃うと、職場を遊び場に変えられます。

自分の認識として変えるので他者は介入させず、自らのみが遊び、もし同じように遊ぶ人がいれば仲間として遊びを増長できます。

この考え方のイメージは、サッカーをプレイするようです。

会社であれが従業員は社長も含めて全員プレイヤー、ベンチ控えは誰一人としていません。ルールや制約が雇用契約や与えられた業務や仕組みであり審判になります。

仕事場がこの環境となり、あとはいかに自らが遊びを作るかで楽しむかどうかが決まります。

 

遊び楽しむための条件が仕事で揃いやすい

楽しいとは喜びであり好きでもあるので、その時を楽しむのも大事です。その自覚だけでなく結果的に楽しんだかどうか、その日の仕事が終わった時にどう自分のためになったかを認識することが重要です。

楽しい=好きでもありますが、それだけではなくなると、いかに自らの目的を明確にして仕事に取り組むかが楽しむポイントになります。

「お金のために働く」のであれば、評価を得て給料を上げるという制約の中で、いかにお金をもっと稼げるかの行動が遊びになります。

本気で行動して取り組む動機になり、集中して一生懸命になる時間は多くの経験と恩恵と結果に繋がり、その日が終わった時に楽しかったかつまらなかったか本人のみ体感できます。

そんな環境になりやすいのが仕事場ですので、遊び場にしない手はありません。

 

誰かと競争すると楽しくなる

競争が好きでなければやる必要はありませんが、競争相手がいると楽しくなります。

  • 誰よりも評価を得る
  • 課内で一番の成績を叩き出す
  • ライバルを決めて勝つ
  • お客様満足度で社内一になる
  • 上司より出世する

なんでもよく、勝手に一方的にライバルを作ったりと創作するのが遊びです。

遊びであるためにルールや制約違反はレッドカード。誰かをプレイ場から引きずりおろしたり、相手のズボンを下げるような卑劣な手ではなく、会社や契約という審判が基盤の上でプレイに集中すると楽しくなります。

 

楽しさの制限をなくすと自分次第で楽しめる

仕事を楽しむ際の最も大きなポイントとなるのは、楽しさの制限外しです。

制約という縛りの中で自由を求めると、制限は自然と外れます。

自由とは解放ではないため、仕事の中で自由を求めると起きるのは制約を壊すのではなく、そのままにしながらその中でいかに作れるかです。

「自由は自分で作る」ということになります。

遊びですのでルール違反は楽しくなくなります。会社や契約の中でいかに自由を自分で作れるか。

考えて、試して、目指して、狙って、失敗して、成功して、集中しての繰り返しです。

一つの遊びが成功すればさらに楽しみたくなるのが私達人間ですので、さらに工夫して、創作して、変化を加えて、失敗して、成功させます。

この行動をしている時に気づくのは、楽しいとは今に集中して自分のためにする働きです。

※楽しむための仕事の意味については、スピリチュアル的な仕事の意味│命がけの暇つぶしは良いこと尽くし をご覧ください。

 

自分のために働く注意点

「自分のために働く」と楽しくなるとお伝えしましたが、この表現には少し注意が必要です。

生活のため、お金のため、家族のために働いていると、それが「自分のため」だと思うかもしれませんが、自分のためとは言葉通り自分のためです。

生活のためであればそれは生活のためです。

自分のためであれば自分が何を欲しているか自覚している自分のためになります。

「私は仕事することで何を欲しているのか?」が明確であればあるほど自分のための意味がはっきりします。

生活のためであればご飯を食べる、毎日シャワーを浴びて清潔でいる、好きな物を購入するなど多岐に渡るので目的が曖昧になり、本当に自分のためなのかの自覚が難しくなってしまいます。

例えば、お金を稼ぐために働く目的を自覚すると、[自分のため=お金]になり、お金を得るために働き、自らの行動によってお金を得る状態を作ったことになるので自然と楽しくなり、よりお金を得るために工夫して遊びを深めることもできます。

働いていれば自動的に会社からお金がもらえるという認識になると、自らお金を得ていると自覚できないので目的がなくなり、いつの間にか自分のためではなくなります。

お金だけでなく、あらゆることが自分のためになるのが創作です。

目的がないとジャングルジムでぼーっとしてしまうように、目的が明確であればあるほどに遊び楽しむことができます。

嬉しさは待っていても運が良ければやってきますが、楽しいとは自ら作るものであるため、遊びたいかどうかで仕事が楽しくなるという考え方です。

※仕事の真髄については、仕事は適当でいいけど難しい│適当にできない人が気楽にする方法 をご覧ください。

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仕事が楽しいのはおかしくておかしくない まとめ

おかしい人もおかしくない人も共にいる、仕事を楽しむ人。

遊びには「自分+働き」の大切さが凝縮されます。自分がなくなるとおかしくなります。

「自分のため」を「家族のため」と全く別物にし、その家族に自分を含めないと仕事人間になってしまったりします。

いつの間にか目的がなくなり、仕事に飲み込まれ、会社に飲み込まれ、社会に飲み込まれ。

すると起きるのがプライベートでも遊べなくなる結果です。

一生懸命に本気になって集中しなければできない遊び、楽しさは自らが作るから生まれる気持ちだと教えてくれます。

仕事が楽しいとプライベートも楽しくなり、仕事か趣味かの違いはルールと審判の違いでしかなかったりします。

どのように、いかに楽しむか、全て自由に決められます。必要なのは環境のルールを把握し、審判を大切に。

ルール違反と知らないことは遊びをつまらなくします。

遊びの楽しさは制約の中でいかに自由を作れるか。仕事が楽しくない場合には、「おかしい」と思える人に目を向けるのではなく、「おかしい」と思う自分自身を知ってみてください。

おかしいと思えることは、思い込みや正当化や現実逃避にておかしくならないための対処ができ、とても重要です。

仕事人間がいるからこそ、自らを誤魔化さずに嫌なものは嫌だと言う価値観が作られます。

大切なことはそれが自分の意思かどうかだと思います。個々の在り方を尊重する社会的傾向から、風潮として仕事が楽しいのはおかしいと思うこともあるかもしれません。

自らの意思であれば本当におかしい人にはならずに済み、必要であれば楽しいを追加し、必要なければ楽しまないという自らの選択がクリアになります。

もし楽しいを追加されたい時には、ここでの内容が気づきの一助となれば幸いです。

仕事が楽しい人は本当に楽しい。そんなお話でした。

それでは、仕事が楽しいのはおかしいかどうかのお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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